CPU妄想戦記
豊木 諒恵
マスタングの遺産
数日前、叔父が死去した。
そしてその葬儀のために僕スレッジは、双子の弟クロウ、母のバートンと一緒にはるばるサーバ地方にやって来た。
死んだ叔父の名前はマスタング。
生まれつき身体が弱かったのにも関わらず、彼はこの荒れ果て荒涼としたサーバ地方に住んでいた。そのため周囲はおろか親族にすら変わり者と言われ続けていた。数年前に高熱を出し倒れた後、体調は回復せずついに今日の日となってしまった。
僕は今もまだ子供であるが本当に幼い頃、やはり弟と母と共に何度かマスタングおじさんの元を訪ねた事がある。そして母が家事をこなしている間、彼は色々な事を話してくれた。
マスタングおじさんは四人兄妹の末弟である。
長兄であるサンダーバードはかの1Ghz戦争の英雄であり、今のアスロン家の基礎を築いた立役者でもある。
長女のパロミノはインテル王国で起きたネットバースト家のクーデターの影響を退け更に勢力を拡大した才女。
現当主である次女サラブレッドはそのネットバースト家に対して即座に攻勢を仕掛けた猛将。
そして三女であるバートン母さんは、サラブレッドおばさんと共に戦場を駆け巡った戦士だ。母はその性格から余り表立った場所で活躍しようとしなかったが戦果だけでみればサラブレッドおばさんよりもバートン母さんの方が上だろう。
さてそんな優秀な兄や姉に囲まれながら、身体が弱いがゆえに戦線に出る事が出来ずにいた自分自身を、マスタングおじさんは呪うように悔いていた。
何故五体満足の自分が保護され、隻腕隻眼の兄が闘っているのか。
何故男児である自分が保護され、女性である姉達が戦線に赴いているのか
ベッドの上から窓の外を眺め、いつもそんな事を考えていた。
自分だけが役立たずでいいのか-。
彼は常に悩み続けていた。そして悩み抜いた末に彼が選んだ道はサーバ地方に住み情報を収集する事だった。
ここサーバ地方はお世辞にも生活に向いているとは言えない。しかしこの地方を制する事は大きな意味がある。一つは豊富な地下資源である。ここに眠る大量の地下資源を使えば国力、兵力の絶大な強化ができる。この地方の大半を治めているのはインテル王国のジーオン家であり、彼らはアスロン家が宿敵ペンティアム家の後ろ盾でもある。そんな彼らの牙城であるこのサーバ地方を崩す事ができればペンティアム家に巨大な打撃を与える事が出来る。これが二つ目の理由だ。
「しかし仮にここの攻略を試みる時が訪れたとしても、もうそれは自分ではないだろう。それは兄や姉の子、或いは孫の時代。もしかしたらもっともっと先の子孫かもしれない。だがいつか必ずサーバ地方攻略を目指す者が現れる。その時のために-」とマスタングおじさんは生涯をこの地方の調査につぎ込む事を決心した。
そして彼は正にその生涯をこの土地で終えたのだった。
マスタングおじさんの葬儀には隠居しているサンダーバードおじさんもやってきて久しぶりに全兄妹が揃う事になった。更にこの兄妹を支えていたヴィア家、ヌヴィディア家、エーティアイ家等からも多くの参列者が集まった。殆どの人はマスタングおじさんと余り面識はないが、それでもなおこれだけの人が集まってくれた事は親族としてとても嬉しかった。
葬儀が終わった後、僕とクロウはサンダーバード伯父さんに呼び出され、部屋に向かった。
「入ります」
クロウが扉を開けると中には母さんに支えられたサンダーバードおじさんが待っていた。
「スレッジ、クロウ。実はマスタングからお前達に、と預かったモノがある。」
そう言ってサンダーバードおじさんは僕たちに小さな箱を手渡した。箱はマスタングおじさんらしく至極質素なモノだったが、大切にされていたのであろう、幾度となく掃除され磨かれた後が見える。
「・・・詳しくはその箱の中の手紙を読めば解るだろう。さて、お前達はこのままヌヴィディア家に向かえ。その道中で手紙をよく読んでおくことだ」
「場所は解るわね?」
「はい」
母が連れて行くと言わなかったのは、恐らく僕とクロウだけでそこへ行ってこいという事だろう。・・・葬儀の後のせいだろうか、この時の僕らを見る母の目が少し変わっていた気がした。
『スレッジ、クロウへ。私の手がまだ文字を書けるうちにこの手紙を残そうと思う』
ヌヴィディア家はマスタングおじさんの家から離れ、サーバ地方とデスクトップ地方にまたがって広がる街の中にあった。彼ら一族は芸術分野に秀でているが、最近はそれ以外の事業にも手を広げはじめている。
『既に知っているだろうが、私の住んでいた家の地下には私がこの地方を調べ編纂した資料が保管してある。いつか兄達か、お前達或いはお前達の子に、その時がやってきたら存分に活用して欲しい。』
ヌヴィディア家に到着しマスタングおじさんの話をすると応接間に通されそこで少し待つ事になった。
『そしてお前達二人には託したいモノがある。知っての通りこの地方の大地は起伏が激しく、闘うとなればデスクトップ地方以上に足回りが問題になってくる。幸いこの地方に足が強い馬の品種がいたが、それだけでは足りない。そこで私はこの地方に住むどの馬よりも強く速い馬を目指し育てていた。』
暫くすると男の人がやってきて僕たちは厩舎に案内された。ヌヴィディア家はこのサーバ地方で遠距離に荷物を運ぶ際に利用される馬の繁殖等も行っているのだ。
『覚えているだろうか。お前達が遊びに来たときにいた子馬を。私以外ではお前達にしかなつかなかった、あの二頭だ。』
そうだ。そういえば僕達は良くマスタングおじさんが飼っている馬の世話の手伝いをした事があった。その中でもマスタングおじさんか僕たちの手からしか食べ物を受け取らなかった子馬がいた。あの時は子馬だったけど、今はもう立派な馬になっている頃じゃないのか。
『私は今まで何十頭と馬を育ててきた。しかし不思議な事に、あの二頭はそれらの馬の中で最も速く最も強く育った。この起伏の大きい大地をまるで普通の荒野であるかのように疾駆していた。その馬をお前達に託そうと思う。』
厩舎に着くとそこには多数の馬が繋がれていた。その中で僕達が近づくと同時に頭を上げた二頭の馬がいた。
「この二頭がマスタング様よりお二人へと預かった馬でございます」
僕たちを案内してくれた男が、二頭の馬を僕たちの所まで連れてきた。
『スレッジ、クロウ。もしお前達がこのサーバー地方でジーオン家と、或いはネットバーストの一族と闘う事になった時、こいつ等は必ず力になってくれる。』
懐かしい。まさかあの時の子馬がこんな強靱な姿に変わっているとは。他の馬たちより明らかに大きく、強靱な体付きをしている。しかしその顔にはあの時の子馬の面影が間違いなく残っている。
これが表舞台にでる事が出来なかった、マスタングおじさんが作り上げたモノ。
兄妹の中で最も強く夢見たが叶える機会すら訪れなかった、その夢をかなえるためのモノ。
自らの命をとしてでも、夢のために残したかったモノ。
『今のお前達でも覚えているだろう。その馬の名は』
「・・・久しぶりだね」
『 「 ハイパートランスポート 」 』
CPU妄想戦記 豊木 諒恵 @toyogi_ryoue
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