第二章『休息』
第15話『週末』
2章
グロウヴァイツ第A500-1番地 夜
戦術機:TYV-10210 楊貴妃
強襲型偵察機:RBYF-19E 大輪
重装型火力支援機:H-VLWS-6D ブルース・D
「アイタァー!」
ゴイーン
支柱に激突し大地まで揺らす、人型機体(女性L型)。
彼女はTYV-10210 楊貴妃さんである。
「フヌオー! 痛い! 痛すぎる!! 毎回思うが、何で街路として成形されている筈なのに、こんな訳のわからないところに支柱が立ってるの!?---都市計画データ参照:理由不明--- マジで意味がわからない!!」
彼女の職業は戦術機である。
戦術機とは【戦闘の指揮を直接行う】大隊クラスの指令指揮官だ。
『直接戦闘の指揮を行う』
「それは下士官の仕事じゃ無いのだろうか?」と思う方もおられるだろう。
下士官は存在する。
だが指揮を取りうる場合は、全て戦術機が一機一機全てに指示を行うのが基本である。
戦術機も機体によって特性こそ様々であるが、基本的には前線に出る機体の約120倍近い電脳質量を持ち---必要に応じて、外部思考拡大増槽などで更に拡大される---その機能は指揮・指令能力に特化されている。
これによって戦場における一方面の全ての情報を一元化して処理することが出来、自分の手足を操る如く、接続機体の全てに確実な指令を送り渡すことが出来るのだ。
その思考速度は基本状態で通常機体の10倍速であり、思考容量は数百倍に達し、戦闘指揮時には20~50倍速まで---外部冷却装置が必須---思考速度を上げることが出来る。
そのせいでもあるが。
常時思考加速状態ともなれば、もはや思考は現実世界との乖離すら始めるのである。
『作戦手順の完璧な立案が出来、各部隊各員へ細かな言い送りも済ませ、実働を待つばかりとなった後・・・彼女の脳内時間で一時間以上、特に何もすることがない、ひたすらにない』
このような状態が戦闘状態では散見され、精神の安定には全く持って良い事ではない。
しかし万一の状況変化が起こった場合に備え---例えば指揮下の部隊の足元でヘキサニトロヘキサアザイソウルチタンが山盛り爆発したとか---即座に対応を練り上げ、適切な処置を迅速に行うためにも、思考加速状態は維持し続けなければならない。
結果として。
大してやる事もないまま、まんじりともせず、遅々として進まぬ現実世界をただ「ボーッ」として眺め続けるしか無い・・・思考の空白---大容量の思考領域を閉じることもできないため---との戦いが生じるのである。
こんなことを繰り返す戦術機達の間では 【戦術機病】 と呼ばれる一種の職業病が蔓延しており、前述のTYV-10210 楊貴妃女史も、戦術機の嗜みとして(?)戦術機病を患っておられる。
【戦術機病】
基本的に超思考加速された状態である戦術機から、人型機体の通常思考速度に戻った時に発生する、時差ボケ的な何かである。
症例:
「目の前に支柱があるのには気付いてたのよ。でも支柱までは、あと一歩分も距離があるじゃない?
それなら一歩踏み出す前に、『今日食べるお料理は何にしようかしら、サーモンオイルのカルパッチョと太陽風サンライトピラー? ああ、でも前に食べた時はガスケットの形状が合わないからって、せっかくの太陽風が潰れた超新星みたいになったんだわ・・・』とか、食事ぐらい考えられると思うじゃない?
・・・いや、分かってるのよ!?
今は人型機体で思考は加速してないって。
『はっ!? もしかして一歩踏み出す---というか踏みとどまって支柱を避ける---までに、考えられる時間は少ないんじゃないかしら?』てね。
ちゃんと『毎回支柱に激突する瞬間』には思い出すのよ!?
うん。だから思考が加速してないのが悪かっただけなのよ。
気付いてないわけじゃないのよ?
でも目の前の柱との距離が一歩分も空いてたら、避ける前に晩御飯のことぐらい考えられると思うじゃない!?!?」
以上が、戦術機病の典型的な症例の一つである。
「・・・姐さん。幾ら頑丈だからって、柱にぶつかりまくってると、市街管理から鉄柱の修理請求が届きますよ・・・。[文末コード:\(^o^)/]」
人型機体(男性M型)の大輪はそっと手を出し、姐さんを「ふんごらしょお!」と引っ張り立たせ、コート(機体保護外装の外套)に刺さった金屑を、手ではたき散らす。
(俺は気の使えるいい男だな・・・)
自画自賛であった。
「いやあんた、ドヤ顔するより前に『激突を止める』っていう思考がないのがとても気になるわ・・・。あと、文末コードってそれで合ってるの・・・? 凄くなにか腹立たしいのだけれど」
(見てれば止めれたでしょうに、激突音がするまで気付かなかった所をみると、コイツだってそこら辺を音響解析でもして探ってボーっと歩いてたに違いない。この偵察脳め!)
楊貴妃は自分の病気は棚に上げ大輪を責め、曲がってはいないがちょっと凹んだH鋼を裏からガンガンッ叩いて・・・元に戻らないので諦めた。
「・・・たぶん、合ってるんじゃないでしょうか?[文末コード:(・∀・)]」
大輪はそう言いながらも、自分でも何かしっくりきてはいない。
文末コードで通信文に感情を補完する『カオモジ』は、最近流行りはじめた文化である。
随分昔は文末コードにも意味があったらしいが、現在は廃れていたのだが、昨今は若物の遊び道具としてこのように復活を果たしている。
「何故疑問形・・・。そしてまた間違ってる。流行りに乗りやすいくせに適当なその性格は何とかならんのか[文末コード:ヽ(`Д´#)ノ]」
「そんな事より、早く飲みに行かんとね」
後ろから来る人型機体(男性M型)・・・M型の筈なのだが、着膨れして横幅だけなら姐さん以上のデカさがある。
彼は重装型火力支援機:H-VLWS-6D ブルース・Dである。
「あんたらはレディをもうすこし敬いなさい」
「楊貴妃さんの防御力は十分だの。大丈夫。あのブチかましを見ると、俺もL型にしたくなって困る・・・。やはり大質量は良いものだのう」
重装型火力支援機:
長距離砲撃が得意な、火力支援機の一党である。
その中でも『重装』の部分に『防御力』が割り振られたのが彼ブルース・Dである。
目立つ火砲を付けて立ち回り、敵のカウンターを惹きつける。
『後方の前衛』というアバンギャルドな立ち位置で戦う彼は、装甲が大好きなのだ!
「機動性も確保せねばならんので、涙をのんでMサイズにした」
とのことだが、服というか装甲で着膨れしてLサイズになっていて、とても動きやすそうには見えない。
彼の考える日常生活には、一体どれほどの危険が潜んでいるのか。
そんなブルース・Dは、パラ系アラミドやカーボン繊維を衣擦れさせつつ大輪と言い争う楊貴妃の横を通り過ぎ、本日予定の店『すたぶん』にガッソガッソと入っていくのであった。
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