第10話『アイドリング』

「指令了解。目標地点確認。戦術指南確認」


 地面に埋もれた機体を起こさず、受動センサーだけ動かし、動力を最低限に落として、腹部から熱迷彩用の放熱管を展張---端が溶けてて刺さり辛いよこれ---地面に無理やり差し込む。熱迷彩をON。


 ラプラス機関を始動して、最低限の排熱を地面にぶっ刺した排熱管に通して逃がす。普通は隠密偵察時に使用するが、大破偽装にも便利である。


「E-18 b28・・・。センサーを蒔いたところの先だが・・・」


 その場所は、空から見つけた未確認防空陣地の野郎である。


 十分単位で戦域が数十キロ移動する昨今であるが、今は全体が引き気味に膠着しているだけで戦況墜落前と殆ど変わりはなかった。


 続いて問題の戦場。E-18 b28である。


「付近から友軍は完全に撤退・・・。だが早くに引いたおかげで戦力は温存されてるのか」


 とは言え、少し遠巻きすぎる。攻めあぐねているのであろうか。


「E-18 b28付近は友軍がいない・・・」


 これはあれだ。


「俺が突っ込んでセンシングして、遠巻きの友軍を投入する準備を整える」


 納得した。


 HQ的な所なら隠蔽と防衛機構はあるだろうし、確認してそちらにまっすぐ向かった偵察機は俺ぐらいで、他はまずまずの距離で独自目標に向かうかで、『未確認陣地』の方は俺が落ちれば、手隙が来る方針だったらしい。


「強襲偵察は過酷な任務だからのう。通常偵察機は・・・押されてて捗らないか・・・」


 通常の、というか普通の偵察型は隠蔽に優れ、センサーも優秀だが、突破力はそれほどない。


 だが、我ら強襲偵察機は、戦端が開かれると同時に突っ込んで、他の機種にない強力(力任せ)なセンサー群で戦場を睥睨し、チャンバーに通信用小型超高性能ポッドを満載して、戦場においていち早く友軍が有利になるための下地を作り上げる、重要な機体である。

大事にして下さい。


「まあそのせいで損耗率も激しくて、最初の突入に失敗したらその戦域に次の強襲偵察機の予定がなかったりするんだが」


 俺達は結構高価で、そのくせ損耗率が激しいので、十二分の数の仲間が揃うことは珍しい。マジで強襲偵察機の世界は運ゲーだからである。



作戦立案


 隠蔽されてる拠点に侵入する。


「通信『諦めてもいいですか』ナウ」


 と、機体の中でレンズも動かさず空を見上げた気分になりながら送信する。

・・・即座に返信。


『03:12よりE-18 b28地点の4時の位置へ、間接砲撃支援を行う。その後5分おきに6時、3時の方向へ間接砲撃支援を行う。貴機は03:1715に6時の方向から進入、03:22に3時より脱出せよ。(ルート添付) ~TYV-10210 楊貴妃~』


 うん? もう一通届いた。


『諦めるのは諦めなさい ~TYV-10210 楊貴妃~』


 はい。


 ザックリとした作戦書を受け取る。


 この楊貴妃姐さんは、直属の上司で戦術機である。

かなり信頼できる方だが、シビアな作戦を立てる方で、戦術機の名の通りというか『戦術レベルの勝利』を追い求める方針であり、戦略レベル以降の影響は更に上のシンクタンクに丸投げするタイプである。

力押しや消耗戦では評価が高い。


 というか、戦術機の中でも明らかにそっち方面の専門家である。


「持久戦や、戦略レベルに繋がる戦場には、あまりお声が掛からないのよ!」


 と、酒保で同席した時に嘆いておられたが、そこは個人と作戦の相性というもののせいであろう。

 で、そのシビアな作戦の先鋒に供されてるのが、俺でなければ言うこともないのだが・・・。


 そんな事を思いながら作戦を受領した旨を返信。時計を合わせ、準備を開始する。


「・・・カウントダウン。反物質電池T-01を超電導コンデンサーに接続及び供給」


 背中をモソモソと動かすと、背部コネクタさんが小さなお手てで、腰部コンテナから弁当箱(黒い筒)を引っ張りだして、電源ユニットに繋いでくれる。

電源ユニット内の、電磁拘束で細かくパッケージされた反物質が、順次開放され、封入された同質量の正物質と、純粋な核融合反応を起こし、その質量がエネルギーの単位にまでほどけきる。


E = mc2


 小さく切った反物質は、安定したエネルギーを連続して確実に取り出すことが出来る素晴らしいものである。


 ・・・万が一、電磁拘束が壊れたりすると、世にも恐ろしいことになったりもするのではあるが。


「充填率20、40、60、80・・・」


 機体の小型核融合炉とは効率が違う。


 小型核融合炉はなにより信頼性を第一に、安定稼働のための超高温・超高圧維持と燃料制御機器と反応漏れトリチウムの起こす面倒事とそれを処理する装置と冗長性を保つ予備回路と・・・それら全てを小型化するための問題とか全部抱えて団子にした大変な代物だ。


 反物質電池は正物質・反物質のみの単純反応と使い捨て仕様で、前述の多大なくびきからは随分と解放されている。

 腕部1本程の大きさの電池でも、常動型核融合炉とは1桁違う電力を瞬時に供給することが出来る。


・・・のだが。反物質製造は未だにコストが高く---生成された反物質から得られる電力の2千倍程度の電力が作成に必要である---気圏機では電力が多大に必要になる光学重砲型や一部の特殊な機体が電源として使う程度となっている。


 反面、宇宙機は機動に使ったり電力源として使うものも多い。大型艦船に通常燃料では燃料槽が大型化し過ぎるため、効率が良い反物質を利用するからである。


「よっしゃ。やりますかーー!」


 充電完了。


 メイン・サブのセンサー翼の展開を阻害している溶けたセンサーカバーと、融解して各所の動きを阻害している装甲を力づくでひっぺがす。


 各所センサーの蓋や可動部分も、焦げ付いたり溶けたりしてる所を腕と生きてるマニュピレーターを使って同様に剥ぎ取った結果---半分ほどのアンテナ類が引っ込まなくなったり曲がったりしたが---索敵機としての機能は最低限回復できた。


 目標である4時の方向に爆音の連続。

予定通りの支援砲撃。


 突入時間まであと少し。

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