スケッチブック

東野メイ

第1話

其処に彼女は居た。

彼女の視線の先には今日も鉛筆とスケッチブックを持って彼女を見つめている私が居るのだろう。

そう思いながら柔らかな紙とB6の鉛筆を持ってそれよりもっとずっと柔らかな彼女の為に、忙しく手を動かした。


「まだ描きあがらないのです?」


いや、まだカップ麺も出来上がらない位しか経ってないじゃないか−なんて言葉は飲み込んで、申し訳なさそうに笑って返しておいた。

まあ、其処まで画力が高くない私にモデルとして付き合ってくれる彼女に感謝せねばいけない事であるし、早く描きあげなければとか思うのであった。




彼女とは、かれこれ十何年の付き合いだ。

生まれてから気付いたらずっと側に居て一緒に遊んだり、ごはんを食べたり、そんな関係だった。

彼女は私と目が合うとよく、はにかみながら笑顔を見せてくれるせいで恋愛経験の乏しい私は幾度となく彼女と恋人関係になれるのではないかと勘違いしたものだ…と、これは話が逸れてしまうし、私の過去の暴露にもなってしまうのでやめておこう。


そんな彼女は今年で20歳となった。

晴れ着姿が彼女が成長した事をよく表していて、昔のものとはまた違う可憐さが其処にはあった。

私が何気なく彼女を見つめていたら目が合い、笑顔で手を振ってくれた。

私は手を振りかえすと胸の違和感に気づいた。

あゝ、またか。

彼女の笑顔に私は再び惚れさせられてしまったのだな。

そうやって、くしゃくしゃと下手な笑みを浮かべていると、そこに丁度通り掛かった隣人に怪訝な顔をされたのであった。





「20歳になった訳だし、色々な事に挑戦するのですっ」


ある日の朝、彼女はそう言った。

朝は忙しいものだからあまり考えず、私もそれはいい事だ、頑張ってね−とありきたりな言葉で返した。

お酒も飲んだし、車の免許も取って2人でドライブもした、賭け事も一度…とやってみたが私たちには賭け事は合わなかったようだ。

そんなこんなで色々と挑戦してみた。

そんなある日の昼、2人でランチを食べていた時に思わぬ一言を彼女は発した。


「よし!決めた!!!」


ん?何だ、いきなり。


「メイ、萌えキャラになる!!」

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スケッチブック 東野メイ @meito_mei

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