第44話 はっきりさせましょう。そうしましょう。

 つい――つい――つい――。

これ、俺と目があった時の波多野反応。

 つい――。まるでトンボが飛んで行くように視線を外される。

 トランシーバー、LINE、会話、それはいつもと変わらないのに俺を見ようとしないのはなぜだ? 俺を避けてるのか?

 あー、これはもう直接確かめるしかない。何考えてるんだよあいつ。


 休日の朝、窓から差し込む光にうっすらと目覚め、寝返りを打つとパステルカラーのブルーが目に飛び込んで来る。ケージの中を走る屈折した光が綺麗に見えた。

中では、これから眠りにつこうとするミサが、寝床に入ってガサゴソしている丸っこい後姿を見せている。こっちのミサはわかりやすい。

 美咲のやつ、明日にはっきりさせてやる。そう心に決めて毛布を跳ねのけた。


 今日は藤宮さんと2人ご飯の日。ィエース!

仕事帰りにでもと思っていたら「お休みの日にしない?」と提案されたのだ。もちろん二つ返事でOK!

 なんだがその後、いつも通りにこっとした藤宮さんの口元が、何だか寂し気に見えたことが気になって、やましいことを考えてる暇がなかった。


く……女子のもやもやは体に良くねーな、シャワー浴びて飯食って準備だ準備!

と思ったところへ着信が入る。藤宮さんだ。

「あ、おはようございます!」

裏返りそうになる声を辛うじて抑えることが出来た、よしいいぞ。

「守野君、おはよー。約束の時間には早いんだけど、もし朝ご飯食べてなかったら一緒にどうかなと思って」

「あ、ホントですか、今起きて朝ご飯まだです、ありがとうございます!」

「ほんと?良かったー、そしたらあと15分ぐらいで行くねー」

 柔らかな声の余韻を残し、通話が切れる。切れたスマホから柑橘系の爽やかな香りが漂ってきそうなほどの甘い余韻だ。

 「行くねー」だって。今の聞いたか? 


 いつまでもこの妄想に浸っていたいが15分はあまりにも短い。

シャワーを浴びている時間は無いので、顔を洗い寝ぐせを直し、さっと着替えると1階へ駆け下りる。

 今日は水替え当番の日だ。これだけ済ませてから出かけよう。

 窓際に置いた水槽ごと風呂場へ持って行くと、石亀のタロウをお湯を抜いてある浴槽へそっと降ろして待っててもらう。

 水槽の中から、日向ぼっこ用の石と、隠れ家の岩と流木を取り出し、たわしで洗う。それから水槽の中をスポンジで洗ってぬめりを落とし、シャワーで流したら終了だ。

 取り出したタロウセットを戻し、適量の水を入れて水槽を窓際へ。そこへ主のタロウを戻したらこれで本当に完了だ。


 浮き立つ気持ちで離れようとしたところへ、強烈な視線が背後から刺さる。

え?と振り返ると、ぐっと首を伸ばしてこちらをガン見するタロウの姿。

 そうだったそうだった、水槽の隣においた小瓶から煮干しを取り出すと、タロウの口元にそっと差し出した。

 お掃除の後はおやつだよな、ごめんごめん。

 無口な亀だけど、ご飯の時間とか沢山のことを覚えていてくれている。家の中で自由に歩くと、間取りを覚えて帰って来る。これホント。


 玄関先に、トヨタ86が静かに滑り込んできた。



 

 

 

 




 







 

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