第12話 お土産を忘れてはいけません。

 ジョンの担当に命じられてから3日目の夜、手の平に鼻を押し付けてくる黒い瞳をのぞき込み、首の後ろから背中にかけゆっくり撫でてポンポンする。

「また明日な、明日の朝な、ジョン、また明日」

 声をかけ、409号室の扉を施錠する。

 少しじっとしていると、ドアの内側からジョンが離れる気配を感じた。俺が準備したベットへ向かうのだろう。


 事務所に向かうべく足を踏み出しギョッとする。

 筋肉有野がやたらでかいスポーツバックをその太い腕に抱え、通路の真ん中に立っていた。

 小動物担当になった有野とは、スペースが違うので顔を合わせる機会は少ないが、生体管理以外の裏方、ウッドデッキの修繕やドックランのフェンス交換で顔を合わせればそれなりに会話もし、同期として良好な関係を保っている。と、俺は思ってる。

「どうしたんだよ有野」


 にこっと笑った四角顔の笑顔につられ、笑顔で返す。

「なんだよ、そんなでけえスポーツバック持って旅行にでも行くのかよ、まさか彼女と一緒とか。家族旅行、じゃないよな」

「行くのは僕じゃない」

「へ?」

「学びと言う名の大海へ、守野と言う船が漕ぎ出すんだよ」


 時折、ヤツの繊細なと言うべきか哲学的な物言いに、理解が追い付かなくなることがある。

「お土産忘れないでよ、ほい」

 ほいって、投げるように渡されたバックは異様に重く思わず取り落としそうになる。

「くはっ!有野なんだよこれ重っ、大会、じゃないよな大海ってなんだおい」

 階段に消えようとする背中から、答えは返ってこなかった。


「なんだなんだこれは」

 チャックを開くとそこには――。

「動物飼養管理」

「動物看護・管理学」

「動物社会学」

「動物看護学」


 まだまだまだまだ、ぎっしり詰めこまれている専門書の数に素直に驚くと同時に、感謝の念が湧いてくる。

 有野って、口数は少ないけどいい奴なんだな。

 俺の事考えてこんなに準備してくれて、もう心配とか掛けらんねえよなこれじゃ。この親切、ホントサンキュー。

 外ポケットからはみ出た四つ折りのルーズリーフにお土産、の文字が透けて見える。開くと、綺麗な文字で箇条書きがされていた。


 お土産(学習ノート及びテスト)提出計画について

 1.1日3時間自主学習、1年計画

 2.毎週月曜日ノート点検、週テスト提出

 3.毎週月曜日、3時間講習(講師、僕と波多野、隔週)

 4. 月1、確認総合テスト。90点以上合格

 ※上記4点、守れなかった場合は藤宮先輩への接近禁止。


 おい。

 おいおいおい、待て待て待て。

 これは俺のためだよな。確かにそうなんだよな。

 だっけど最後の※これなんだよ。

 藤宮さんへの接近禁止、だあ?!

 禁止って何だ禁止って!


 俺が守れない前提かこれは。

 いや……違う。

 前提だ。


「おい」

 急に声をかけられ飛び上がりそうになる。

 振り返ると、腕組みをしたショート波多野が上から目線を注いでいる。

「あたしは甘くないよ、むしろ辛い、激辛かも」

 そーでしょーともそーでしょーとも。


「激辛かあ、じゃ、水いっぱい用意しとくわ」

 頬を引きつらせながら、力なく放った返しは当然のようにスルー。


 くっそー!ぜってー守ってやるからなー!













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