第4章 願いと願え

第13話 行きましょう、一緒に行きましょう。

 桃太郎に出てくる鬼だってこれほど厳しくはないんじゃないだろうか。子供の頃に読んだ絵本、泣いた赤鬼だって、確か友達想いの優しい鬼が出てきたはず。


 毎晩9時半になると、判を押したようにたった一言LINEが来る。

「スタート」

 そしたら俺は、学びと言う名の大海に出なければならない。3時間後にまた一言。

「終了」

 その2文字を目にしたらベットと言う港に転がり込む。

 おいっ、お疲れ様のひとっこともねーのかよ!筋肉鬼にショート鬼!


 時々、付箋で出てくる手書きの「必須動物豆知識」は毎回違うんだが「アリクイの爪の長さはおよそ10センチほどで歯がないアリクイにとって身を守る武器にもなります」などに至っては、有野の単なる趣味を学ばせられてるんじゃないかと疑っている。


 こうして、歯を食いしばりながらせっせとお土産に取り組む俺が、ジョンの担当になってから10日目の朝、見てしまった。

 受付で夜勤明けの藤宮さんが泣いているのを。

 一緒に肩を抱いて泣いている年配の女性を。


「あの……」

 おずおずと声を掛けるとハッとした2人が顔を上げた。指先で涙を拭う藤宮さんの声は震えている。

「こちらが、ジョン君を担当させて頂いている守野です」


 瞳に涙を浮かべた年配の女性に両の手を柔らかく握られ、動揺する俺。

「お世話になっております。ありがとう、ジョンのことありがとうございます」

 頬を伝う涙は途切れない。


「うちの人がジョンに会いたいって、家に帰ってジョンに会いたいって、一緒にお花見したいって言うんだけどね」

 浅野さんは顔を上げ、涙をハンカチで拭い、ふう、と息を吐いた。

「ごめんね、ほんとごめんなさいね、うちの人の誕生日もうすぐなの。2月の終わりなんだけど、お医者様がお花見は、お花見まではもう厳しいかなって――」


 瞬時に理解した。親父と同じだ。生きたくても生きられなかった親父と。

「入院されているんですね」

 ハンカチで顔を覆いながら、うんうんと仕草で肯定する2人を前に俺はもう決めていた。

「行きましょう。ジョンを連れて行きましょう。俺に任せてもらえませんか」


 行先はひとつ。


 オーナー室の扉を迷わずノックする。

「どうぞ」

 書類から目を上げた刈谷崎さんが顔を上げた。サングラスの奥からじっと観察するような視線の気配がする。

 一呼吸おいて一歩前に出た俺は、深く頭を下げ一礼し、腹の底にぐっと力を入れた。

「お願いがあります」















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