第3章 甘さと辛さ
第9話 全然駄目な俺だと思います。
そう上手いことやる気が降ってくる訳もなく、しょぼくれた気持ちで帰路につく。
玄関のドアを開けると味噌汁のいい香りに鼻先をくすぐられた。
「ただいま」
パタパタと小走りなスリッパの音がして、化粧を済ませた姉貴が顔を出す。
「おーおかえり!健全な青年労働者よ朝食の時間だ。姉貴スペシャルを食べたまえ」
なんだよそれ、その高テンションうざい上にいらねー。
グダグダな体で、ずっしり思いリュックをソファーに放り投げると、リビングのテーブルについた。
目に前には、さあ食べてくださいと言わんばかりに湯気を立てた五穀米と焼きたての鯖西京焼き、なめこと豆腐の味噌汁、ほうれん草のお浸しに、ふっくらとした黄色い卵焼き。
どんなに気持ちが凹んでいても腹は減るらしい。ぐう、と腹が鳴る。
出勤前の姉貴が、ほうじ茶を入れ、湯呑を差し出しながら斜め向かいに腰を下ろした。
「それにしても、あんたってそんな生き物好きだったけ」
西京焼きから骨を外すことに集中していた俺は、おざなりな返事を返す。
「なんで」
「ホテルイノウエで働くって言うからさー、あそこは昔っからあるとこだし、生き物好きにはたまらないホテルみたいなんだよね。あたしの同級生もそこに就職したんだっけな。藤宮…香織!そうそう宮ちゃんだ」
「かはっ!!」
なめこを噴水のように吹きあげそうになり寸でのところでこらえる。
「汚っ!何よあんた。ほお~、もしかしてもう早々と色気ついちゃったりしてるとか?」
にやにやしながらこちらをのぞき込んでくる姉貴の顔は質の悪い中ボスみたいだ。
「ち、ちげーよ、急に先輩の名前が出たから驚いだだけだし」
口のはしからのぞいた千切れた豆腐を手の甲で拭った姿が、我ながら汚い。
「あんた大丈夫?あそこはね、生き物に対する並々ならぬ愛情と情熱を持った人間が長年憧れを育んだ上で強い信念を胸に門をたたくところなんだよ」
「そんな……大げさなもんじゃないだろ」
「これねえあたしじゃなくて学生の時、宮ちゃんが言ってたこと」
「え……」
箸の先から口に運ばれる途中の卵焼きがテーブルに転げ落ちる。
「汚っ!だからねえ、姉としては心配してるわけよ。情熱もへったくれも持たないあんたがなんで採用されたのかわかんないけどさ、やってけるのかなって」
前も言われたようなことを言われ地味に刺される。
「うるせーな早く行けよ遅刻すんぞ」
動揺を隠そうと偉そうに言いながら卵焼きを拾いあげ急いで飲み込む。
「はいはい、じゃーね、お姉様は行ってきまーす」
流しで皿を洗い終えたころ、急激な睡魔が下りてきた。
部屋に入り着替えるとカーテンを閉めベットに潜り込む。
ホント俺、何も知らなかったんだってまるでアホだろ。
芝刈りに整地に剪定にってずっと外仕事だったけど、中に入るお客様をちゃんと見てたらふつー気が付くよな。
どのタイミングで藤宮さんに声かけよう、なんつー浮かれたことばっかで完全に頭がお留守って、がああー、そんな俺どう見られてたんだろ、誰か俺を穴に埋めてくれ。
波多野すまん。
情熱と愛情、情熱と、、愛情、、、
すとんと眠りに落ちる。夢は見なかった。
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