第19話-4 飯だ! 酒だ! 宴会だ!!
「ああ、そこにいたのねアベル」
リティアナが岩場から姿を現したアベルに向かって右手を挙げた。
「うん。どうしたんだいリティ…ア…ナ……」
そう言ったアベルの視線は下げられたままのリティアナの手に釘付けになった。
「どう、すごいでしょ」
そういう彼女の両手には、彼女の膝上まで届くほどの大きな魚の尻尾が一尾づつ握られている。
「いや、確かにすごいけどさ…どうしたのこれ?」
驚くやら呆れるやら。戸惑うアベルに向かい、リティアナは胸を張って言った。
「捕まえたの」
「捕まえた…って…え? 素手で?!」
まさか、泳いでいるときに捕まえたのだろうか? だとしたら凄まじい運動能力だ。
アベルも、そんな芸当真似出来る自信はまったくない。
「ちょっと。さすがに素手じゃないわよ」
アベルの驚いた顔にリティアナはちょっと傷ついたようだ。アベルは笑って誤魔化した。
「そ、そうだよね、あは、あはははは。…それで、僕を呼んだのは?」
「ああ、そうだったわ。もうそろそろ良い頃合だし、これを使って食事の準備を手伝ってもらおうと思ったの」
言われて空を見上げるといつしか陽は傾き、
「こんな良い魚が獲れたし、折角だからみんなで食べられないかしら」
その提案に、アベルも同意した。
「そうだなぁ…」
少し考え込んだそのとき、森の方からもアベルを呼ぶ声がした。振り向くと、クゥレルとウォードだった。
「おい、お前たち面白いこと相談してるじゃないか。それなら混ぜろよ」
そういって各々手にした獲物を突き出す。丸々と太った二羽の耳長兎と岩喰猪だ。
「へえ、こりゃすごいな、ご馳走じゃないか! …あれ? 二人ともさっきまで泳いでなかったか? なんで森に?」
クゥレルとウォードが顔を見合わせる。
「いや…そうなんだが、リティアナがすげえ勢いで泳いでるのを目の当たりにして…」
「ごぼう抜きされてちょっといたたまれなくなったというかなんと言うか…」
「さすがに男としてはあれを見ちまうと自信なくしちまってなぁ…」
ほんのわずか、リティアナの眉が跳ね上がった気がした。その兆候に良くないものを鋭敏に感じ取ったアベルは慌てて彼女が口を開く前に切り出した。
「そ、それならさ! これだけ色々あるなら、折角だし面白い料理にしてみようか。ちょうどこの島なら、場所も広く使えるし学府じゃ出来ないことをやろうよ」
三人がアベルを見る。
「面白い料理?」
「学府じゃできない?」
無事注意をひきつけられたアベルはにっと笑って頷いた。
「うん。まあ、詳しくはできてのお楽しみって奴さ」
早速アベルは指示を出す。
指示を聞き終えた四人は諸手を挙げてその案に賛成すると、二手に別れることにした。
リティアナとクゥレルは川で獲物の下ごしらえに取り掛かることにする。残ったウォードと一緒に、アベルは砂浜に鋤を使い大きな穴を掘りはじめた。
「…何々? アベル何してんの?」
ほどなくして溢れるほど元気になったリュリュが顔を出したので、アベルが料理の準備をしているのだと説明すると。
「え、これで料理するの? 何をするの? ねえねえ教えてよ!」
すこぶる興味を引いたようだ。だが、アベルも早々教えて彼女の楽しみを台無しにする気はない。
「ふふ、まだ秘密だってば。それより、もしよければ手伝ってくれないか?」
その申し出を彼女も快く受け入れた。
「もっちろん! んでボクは何をしたらいい? 穴掘り?」
「穴掘りは…いや、それより魚を焼き枯らすのに使った葉っぱ、覚えてるかい?」
「うん」
「あれを大きくて綺麗なのを何枚か…うん、五十枚もあればいいかな? 取ってきてくれないか?」
五十枚と聞いてびっくりしたリュリュだったが、
「ん、判った、ボクにまかせて!」
そういうと勢い良く飛び出していく。
そんな彼女とすれ違ってやってきたパオリンたちも物見高そうにやってきた。同じく事情を説明すると。
「主菜がその五つだけじゃちょっと物足りなくない?」
そう言って、彼女たちも手に提げた頭陀袋を持ち上げてみせた。
「これは…貝か!」
中には岩にへばりついていた平貝のみならず蟹、小魚や海草が大量に入っている。なかなかちょっとした量だった。
「考えることはどこも同じだったってことね。さすがにうちはみんなほど大物じゃないけど」
「いや、色々種類があるほうが楽しいと思うよ」
しばらく中身を改めてアベルは良さそうな料理を思索する。あらかた考えがまとまったところで彼女たちに考えを説明し、下ごしらえをお願いした。
「…なるほど、面白いことを考えるわね」
アベルの発想に、パオリンも今から心躍らせている。他の班員たちも嬉しそうだ。
「それじゃあ、気合入れてみじん切りにするわよみんな!」
再び班員を引き連れ、パオリンたちは自分たちの野営地へ戻っていく。さすがに量があるので、彼女たちの野営地で下ごしらえするのだ。
「おいおい、晩餐が最初思ったより豪勢になりそうだな、え? アベル?」
嬉しそうに砂を掘るウォードに、アベルもにこやかに頷いた。
「うん。改めて、こうして同じところに野営訓練誘ってくれて感謝してるよ。ありがとうね」
ウォードはへっ、と鼻で笑った。
「なぁに、いいってことよ。クゥレルだってそうだが、俺たちもお前たちとこうやって遊ぶのは楽しいからな。ま、お互い様ってこった」
「ははっ、違いない」
それからも二人はせっせと穴を掘りつづけ、想定した大きさに達したところで先に戻ってきていたリュリュから大芭蕉の葉を受け取ると数枚底に敷く。あらかじめ洗っておいてもらったが、都合の良いことにどうやら待っている間に乾いてしまったようだ。
「それじゃあリュリュ、残った葉っぱをリティアナたちに渡してきて。そこからは彼女たちにどうしたらいいか指示してあるから。で、その間に僕たちは枝を拾いに行くけど、クゥレルの手が余ってたらこっちを手伝うように言っておいてくれないか」
「うん、判った!」
程なくして合流したクゥレルの手も借り、大量の薪が集まったところで戻るとすべて仕事を終えた他の仲間たち――そして水練の結果を堪能してきたレニー――が戻ってきていた。
「お帰り、アベル。これで何をすればいいの?」
そう言ってリティアナが指差したのは、大芭蕉の葉にぴっちり隙間無く包まれた主菜たちだった。あらかじめ彼女たちには下ごしらえと味付けだけ頼んでおいたので形はそのままだ。
「ありがとう。これをここに置いてくれるかな」
「わかったわ」
掘った穴に魚たちを置いてもらい、その上からまた葉を掛けては更にそっと砂を戻し掛ける。完全に覆われたところで上に拾ってきた薪を載せ、焚火を熾した。
段を追って大きくした火の傍に1ディストンほどの幅のある石を立てかけたのを見つけてパオリンが尋ねた。
薪を拾ってきた際に、平たい手ごろな石をわざわざ選んで持ってきてもらったものだ。
「アベル、それはなんに使うの?」
「ああ、これは君たちが持ってきたのに使うんだ」
火加減を見ながら石の位置を調節しているアベルに、レニーからそっと飲み水が差し出された。
「はい、アベル。これでもお飲みになって」
火のすぐ傍で汗だくになって作業しているアベルはお礼もそこそこに一息で飲み干す。レニーがわざわざつくった小さな氷が入っていて、きんと冷えた水が心地よかった。
「ありがとう、美味かったよ」
「いえいえ」
「さて、後は少し皆も休んでて」
そう言ったところで、ふとアベルはもう一人も誘おうと思いついた。
「…あ、そうそう、誰かメロサー先生も呼んできてくれないか?」
「メロサー先生を?!」
「いや、でもなぁ…」
幾人かの、意外なものを聞いたような返事にアベルも内心苦笑する。野営訓練前ならきっと自分も同じ反応を示しただろう。
「まあまあ。いいじゃないか、量はあるんだし。何より、こういう機会に先生にいい印象を持ってもらうのもいいんじゃないかな。お互いにさ」
アベルの好意を、何人かは打算と受け取ったようだ。
「まあ、それもそうだなぁ」
「なるほど、賄賂ってことか。そういう考え方は嫌いじゃないぜ?」
それでも結果としては同じなので、アベルは黙っておいた。
「そろそろいい頃合かな?」
こうして数人が手分けしてメロサーを探しに行くことになった間にも焼いていた石にアベルは一滴水を垂らしてみる。
しゅっと音を立てて蒸発したのを見て取り、焼け具合に満足したアベルは太い枝を使って焚き火から離す。
適当な布に水を含ませて浮いた汚れを拭い取ると、パオリンと場所を変わった。
「よし、こっちの準備はできたから…」
「今度はこっちの番ね、まかせておいて」
そう言って石の上に置いたのは、蟹や海老、平たい貝殻だった。
最後のはただの貝殻ではなく、中にはみじん切りにされた小魚や貝の身、海草などがソイユの汁をはじめとした調味料と混ぜてみっちり詰めてある。すぐに食材自身の持つ水分が浮き上がり、ぷつぷつと香ばしい香りを伴い茹ってきた。
「うわぁ…良い香り!」
「まったくだなぁ…こりゃ腹の虫がとまらねぇや」
「おやーあ…これはいい香りですねーぇ」
クゥレルたちだけではなく、遅れてやってきたメロサーも鼻をひくつかせながらやってきた。ちょうどいい頃合だ。
「アベール、我輩を呼んだのーは、どういうことですかーぁ?」
尋ねながらもちらちら料理を見ているのがアベルは内心おかしかったが、おくびにも出さないで神妙な面持ちで口を開いた。
「よろしれば、先生に野営訓練の一環として僕たちの料理も見ていただければと思いまして」
「ふーん?」
生徒たち、焚火、そしてアベル…とじろじろ見るメロサー。
「…こんな馬鹿騒ぎをして何事かと思ったーら…野ぁ営訓練ですーと?」
甲高くなった声に、何人かの生徒たちが怒られるかもしれないとひるんだような反応を見せる。だが、アベルはメロサーの視線が今もなお香ばしい香りを発している貝に吸い寄せられっぱなしなのを見逃していない。
「…なるほどなるほーど、野営には円滑な食事の支度も含まれますーね。いいでしょーう、確認を兼ねてお相伴に預かりますーよ」
一同ほっと胸を撫で下ろしたが、アベルは喋る前に一度、メロサーの喉がごくりと大きく上下したのを見ていたので元々そうするつもりだと確信していた。
「それは良かった。でもこれだけじゃないんです」
「ほーお?」
「さて、もうそろそろ良い頃合だと思う。クゥレルたちも手伝って」
それを合図に、男たちが掛け声と共に焚火を移し、そろそろと熱い砂を丁寧に掻き分け掘っていく。
「うわぁ」
大芭蕉の葉に包まれた食材が明らかになったとき、誰からもともなく声が上がった。
「良い香りだわ!」
立ち昇る馥郁たる香りに、感に堪えぬとばかりにリティアナも目を細めた。
さもありなん、この料理にはアベルの今持ち得る技術をすべて詰め込んだ集大成だ。
兎と豚の身には多めに塩をまぶし、摘んだ香草を腹の中に詰めてある。その香草の香りが、獣肉の持つ臭みを消していた。
また魚のほうはというと、ソイユの実の搾りかすを発酵させたもので覆ってあり、焚熱によってこびりついた部分からふんわり漂う香りが焦がしたソイユの汁の香りを想起させる。
何れの香りも、全員の心と胃袋をわしづかみにさせるに十分な破壊力を持っていた。
「さあ、食べよう!」
わっと歓声があがった。
生徒たちはもちろん、はじめは威厳を守ろうと殊更難しい顔をしていたメロサーもこぞって料理へ手を伸ばし、瞬く間に平らげていく。それでも物足りない人は各自岩場で適当な貝や蟹などを拾ってきてはソイユの汁などを垂らし、石の上で再び焼いて舌鼓をうつ。
しばらくしてどこからか――おそらく後になって考えればメロサーの野営地からだったのだろう――持ってこられた酒が振舞われていた。
ほろ酔い気分となったクゥレルとパオリンが声を合わせて陽気に歌い出すと、その節に併せて足元のおぼつかないメロサーとウォードが肩を組んで踊り出す。他の班員たちがそれを囃し立てたり、笑い転げる。
そんな楽しい宴は夕日が海へ沈み月が天高く昇っても尚つづいていたのだった。
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