第39話 反乱軍②
本文
和泉先生が心配そうに覗き込んでくる。
「本当にいいの? 戦争に行くってことだよ? もしかしたら自分が死んじゃうかもしれないんだよ?同じ種族を、人間をその手で殺さなきゃダメなんだよ?」
戦場では、殺さなければ殺される。
そんな非常識が、そのうち常識へと変わってしまうのだ。
けれど、誰かがそうしなければ戦争は終わらない。
ただ殺し合い、憎しみの連鎖を生み出し続けるだけでは終われない。
そのために自分の手を汚す覚悟は出来ているし、自分の手で終わらせたいという気持ちを貫き通すつもりだ。
「和泉先生、ご心配をおかけしてすいません。......けど、僕達は皆小さい頃にこれ以上ない地獄を味わってきたんです」
「だったら別に君達がやらなくても......」
「だからこそですよ。だからこそ私達の手で終わらせるんです。そのためにここに入ったんですから、早かれ遅かれいずれこういう状況にはなっていたと思います。そうよね?」
同意を求めるように振り返った奈々美さんの呼びかけに、はじめに広人が、それに続いて全員が呼びかけにそれぞれ声を上げた。
「校長も何か言ってくださいよ......」
「......いや、彼らが、彼女が決めたことだ。今まで何もしてこなかった私に、止める権利はない。そうじゃないかしら?」
校長の返答が予想外だったのか、和泉先生は驚いたような顔をしている。
「本当にいいんですね?」
「えぇ......」
俺達はその次の日に、契約書にサインをした。
契約書と言っても、書いてあることをわかりやすくまとめると。
1、軍隊に入ります。
2、仕事内容に応じて給料が支払われます。
3、死んでも軍は責任を取りません。
だいたいこんな内容だった。
もちろん契約書自体はもっと細かく書いてあったが、大切なのはこの3つだと思う。
こんな契約書で俺達が軍に入ったことになるのか? とも思ったが、パイロットになれるのならなんでもいいのだ。
「それじゃあ、明後日迎えに行くから、とりあえず1回基地に顔出しておこうか!」
そう言って神崎さんは帰っていった。
その日家に帰ると、ここ最近の疲れからか、すぐにソファで寝てしまった。
目を覚ました時、すでに時計は9時を指していた。
寝すぎたかな......体が痛いな。
ベットよりも固いソファで寝ていたせいか、体のあちこちがぎしぎしと痛む。
ふと、あることに気づいた。
「なんでブランケットがかかっているんだ?」
と、キッチンから物音がするのにも、ようやく気がついた。
「不器用なくせに何を作ろうってんだか......」
こんな朝早くから、俺の家にいるような奴なんて、たった1人しかいない。
俺は寝ぼけた体を起こしてキッチンへと向かった。
「京子......お前料理は出来ないだろう?」
「うわっ! びっくりした〜」
その声に俺がびっくりするぞ。
「おはようかずくん! 私だってネットを見れば朝ご飯くらい作れるもん!」
京子が口に空気をためてぷいっとそっぽを向く。
「その気持ちはありがたいが。何を作ろうとしたらこうなるんだよ......」
俺は黒い液体が入っているフライパンや、おかしな色の煙が出ているオーブンのある方へ視線を向ける。
「わ、わたしはサイトの手順通りにやっただけだもん!」
「はぁ......お前はレシピ通りにやればすごい美味しいものが作れるんだから、余計な手は加えない方がいいぞ」
京子が作る料理は確かに美味しい。
"レシピ通りに作る料理"に限るが。
いつも「これで美味しくなるよ!」とか、「新しい味を試してみたの!」とかで、見た目も味もおかしなものを作ってしまうのだ。
本当に器用なんだか、不器用なんだか......
「それで? どうしてこんな朝早くから来たんだ?」
「う、うん、後で話すね。かずくんご飯食べてないから」
「......そうか」
「そろそろいいんじゃないか?」
空になった皿を片付け、お茶を飲んで話を始める。
「あの、かずくんが、ぐ、軍隊に入ったって聞いたから......」
おいおい、もう知ってたのか。
「聞いたのか......」
「うん、ごめんね」
「いや、お前が謝る必要は無いが......そうか」
「すぐに戦地にも行くって聞いたから、いても立ってもいられなくて......」
それで俺の家まで来た、と。
1番心配しそうな京子には黙って行こうと思っていたのだが、知ってしまったものは仕方がない。
「大丈夫、だよね?」
心の奥底から心配していると伝わってくる声色。
目が行くなと訴えてくる。
「大丈夫だよ。俺は絶対に死なない。だってそうだろ? 俺が死んだら母さんや父さん、沙織の仇は誰がうつんだよ」
「そ、そうだよね! ちゃんと帰ってくるよね!」
正直仇などもうどうでもいいのだが、京子はこうでも言わないと納得してくれない。
それでも京子は納得していないようだった。
言葉では納得していても、目が、表情が、納得していないようだ。
「......今日はゆっくりしようか」
俺はすぐに軍の寮で暮らすことになる。
この家に帰ってこられるのも、もう少なくなってしまうだろう。
京子とも会う回数が減ってしまう。
だったら今日くらいは前みたいに......。
俺と京子は、まるで子供の時みたいに、ゲームをして、テレビを見て、無邪気に笑いあった。
今は戦争も忘れて、ただの高校生として、夏休みという休日を楽しんだ。
いつしか窓から差し込む太陽はオレンジ色になり、部屋を彩っていた。
「もうこんな時間か......」
「今日は楽しかったよ、かずくん」
「......あぁ、俺もだ京子」
ベットに横並びに腰掛け、紅くなった壁を見つめる。
京子が泣いているのが、見なくても分かる。
「......行かないで、ほしいなぁ......ずっと、ずっと、ここに、いてほしいなぁ......!」
俺は今日ほど戦争を憎んだことはなかった。
そして誓った。
「俺が終わらせるよ......」
「......うん、うん、うん!」
ちらっと見た京子は、泣きながらも少し笑っているように見えて、僅かに心が軽くなった。
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