第36話 校内戦決勝リーグ⑧

「そこまでしてお前は校内戦で勝ちたいのか?」


 五九条は少し考え、答えた。


『校内戦なんかどうでもいい。僕はとにかく楽しみたいのだよ......! 押されれば押されるほど肉体と精神に痛みが走る。こんなスリルのある戦闘を、僕は望んでいるんのだよ』


 本当にこいつはどこかおかしい。

 だが、戦争の影響が消えきらない今の世界で、日本で生きることは、予想以上に体力を削がれる。

 そんな中で精神が崩壊する例は、年々減ってはいるが未だに少なくはない。


「なるほど......なら、正々堂々戦ってお前を倒す!」


『せいぜい僕を楽しませてくれたまえよ』


 ドーピングをしているのに、なんて口の大きさだろうか。

 絶対に負けたくない......!


「奈々美さん、桃咲、クラス長、作戦はない。その場その場で考えて対応してくれ! 自分以外の動きにだけ気を配れ!」


 俺の言葉に、一定の緊張を保ちながら、それぞれ武器を構える。

 五九条からは目を離すことが出来ない。

 瞬きをして、次に目を開けた時には目の前にいるのではないか、という恐怖で俺の手は震えていた。


『誰でもいい。どこからでもかかってこい!』


「私が......!」


 桃咲が五九条へ攻撃を仕掛ける。


『ガーディアンか......面白い!』


 五九条は、長い太刀を背中に収め、手首の横に余っていた装甲を拳へと移動させた。

 殴り合いか......。

 拳と拳、機体と機体がぶつかり合いながら、2機の機兵が暴れ回る。

 ぶつかる度にお互いに装甲が剥げ落ちる。


『ふははははは! いいぞ、いいぞ! 僕をもっともっと楽しませてくれ! ......ぐふっ!』


 桃咲の拳が、人間で言うところの腹の位置に直撃した。


「もう......やめて......!」


 痛覚を遮断出来ないため、五九条は機兵が傷つく度に痛みが走る。

 既に相当なダメージが溜まっているだろう。


『やめる......ものか! やっと高いレベルで戦い合える奴が現れたと言うのに!』


 うずくまっていた五九条が桃咲を弾き飛ばす。


「......く! ......動か、ない」


 足の付け根を動かしている配線が切れてしまったらしく、桃咲の機体は立てなくなっていた。


「やばい! クラス長!」


「えぇ、分かってます!」


 俺がクラス長の方へ視線を動かした時には、クラス長は既に銃を構えていた。

 そして五九条目掛けて連射する。


『......っ! 目障りだ!』


「......なっ!」


 桃咲の方へ向かっていた五九条が、背中に銃弾を受け、くるりと進行方向を変える。

 方向転換とともに、五九条は大量の手榴弾を桃咲の方へ投げつけた。

 激しい光と音を撒き散らしながら、大爆発する。

 桃咲がいた場所には、大きな穴と、瓦礫や機兵の残骸のみが落ちていた。


「そんな......桃咲さんまで......」


 クラス長の腕はだらりと落ち、その場に立ち尽くしている。


「クラス長! 早くそこから逃げろ! 五九条が来てるぞ!」


「......りですよ」


「は?」


 クラス長らしくもない、弱々しく、細々とした声。


「なんて言ったんだ? 聞こえたなかったぞ!」


「......無理ですよ! あんな化け物に勝てるわけ」


 クラス長の言葉を最後まで聞くことは出来ず、クラス長の機兵の上半身と下半身が切り離される。


『腰抜けに用はない』


 宙に舞った上半身を、五九条は太刀で切り刻んだ。


『残りは2人だな......最後まで僕を飽きさせないでくれよ』


「奈々美さん、どうする?」


「1人残っても仕方がないわ。2人で同時に仕掛けましょう」


「......同感だ!」


 俺と奈々美さんが一斉に地面を蹴る。

 左側から俺、右側から奈々美さんが、同時に3ヶ所へ斬りかかる。

 五九条はいとも簡単に3本のソードを弾き返す。


『君達の力はこんなものかい?』


「なんて速さなの......!」


 何度も、何度も、何度も、俺達2人は斬りかかった。

 だが、五九条の黒い機兵はその全てを弾き返してきた。

 そして、状況は変わる。


「......しまっ!」


 ただ守るだけに飽きたのか、五九条が奈々美さんの機体に太刀を突き刺した。

 すぐに後ろへ跳んだ奈々美さんの機兵は、幸いまだ動けるようだった。


「どうしたの? あなたにしては詰めが甘くないかしら?」


『ふふっ、ふふふははは!』


 五九条は突然笑い出した。


「おい、何がおかしいんだよ」


『いや、そろそろゲームらしくしようと思ってね。僕にはこんなことも出来るんだよ?』


 通信が音を拾う。

 何かモニターで操作しているようだった。

 その数秒後......!


「ん、あぁぁぁ!」


「奈々美さん!? どうかしたの?」


 奈々美さんは突如、耳をつんざくような悲鳴をあげた。


『彼女には僕と同じ状況を体験してもらうことにしたのさ。今の彼女はかなりの痛みが伝わっているはずさ。試合開始前に操縦席を少しいじらせてもらってね』


「貴様ぁぁぁ!」


 俺は怒りに身を任せてソードを振るう。

 当然そんなデタラメな攻撃が当たるはずもない。


『なんだ、以外に感情に流されるタイプだったんだね。君はもう少し冷静な方だと思っていたのだが。じゃあこれでどうかな?』


 またしてもモニターを操作する音が聞こえた。

 そして。


「あああぁぁぁ!」


「おい! 何をした!」


『痛覚への信号を3倍程度にしたのさ』


 奈々美さんの機兵はかなり傷がついている。

 その痛みを3倍にして受けるなど、痛みでショック死してもなんらおかしくないだろう。

 だが、奈々美さんは力を振り絞って口を開く。


「ぐ、うぅ、一樹、くん。......そいつ、を、倒し、て!」


「んなこと言ったって!」


 あれ?

 その時、頭まで上っていた血が全て下っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る