第27話 校内戦④

「全く......あれだけ大口を叩いていたから、どれだけ強いのかと思ったら......」


「ほんとにほんとに! まさかこんなに弱いとは思わなかったぞ!」


「あの武装は見掛け倒しだったようですね。せっかく用意した作戦も全部無駄でした」


 言いたい事を言いたいように言っている俺達の足下、6人の男子達が地に頭をつけ土下座をしている。


「うぅ......すいませんでした......」


「はぁ、まさか開始直後に機体がぶつかっただけで揉め出して、残り1人になるまで勝負の事を忘れていたなんてな。......まぁこれで賭けは俺達の方が勝ちだな? まさか校内戦だけでなく賭けも忘れたなんて言わないよな?」


「うぅ、忘れてはいません......。どうか、どうか退学だけは許してください! 俺は戦闘機兵のパイロットになって、村に置いて来たおかんにお金を送ってやりたいんだ......!」


 桜花水月のリーダー、先頭にいる坊主頭の男がすがるように俺の足にまとわりついてくる。


「......やめろ」


「どうか、どうか大学だけは! 他の事なら何でもするから!」


 俺のズボンを掴む手の力が更に強くなる。


「......だからそれをやめろって言ってるんだ」


 慌てたように男は俺のズボンから手をぱっと離す。

 こいつは何を勘違いしている?


「ご、ごめん。俺なんかに触られるのは嫌だったよな?」


 そんなことはどうでもいい。

 俺はただ......!


「あのなぁ......別に退学しろとは言う気はないぞ。だけどな、何でもするなんて言葉を簡単に使うな!」


「えっ......?」


 まるで俺の話す言葉がまるで異国の言語で、何を言っているのか理解できない、といった表情だった。


「何も出来ないならそんな言葉を簡単には使うんじゃない! お前に何かを変えることが出来る力があるのか? 全てを守り、全てを貫く勇気が、覚悟がお前にはあるのか?」


「すまん、本当にすまん、許してくれ......」


「ちょ、ちょっと? 一樹? そこまで言わなくてもいいんじゃない?」


 流石の俺もここまで言うつもりではなかった。気付けば言葉に出てしまっていた。言わなくていいことまでも口から零こぼれて出てくる。


「そういう奴が一番目障りなんだよ。......俺の前からすぐにでも消えてくれ!」


 春奈の言葉に我に返り、一通り言い終えた俺が周囲を見渡すと、床に座り込んでいる6人は恐怖の目で見ていた。


「すまん。......言い過ぎた」


 俺は呼び止める声を全て無視して、その場に座り込む、立ち尽くす、彼ら彼女らに背を向けて1人控え室へと向かった。




 電気のついていない暗い控え室。ロッカーとベンチがあるだけの簡易的な部屋の中、俺はそこに座っている。

 何故どこの誰だか分からないような奴にあんな事を言ってしまったのか、何故今さら思い出してしまったのか。

 分からない。

 何も守れなかった俺に何か言う資格があるのか?

 何も守れなかった俺が今更何を求める?

 今の俺には何も残っていない。


「俺はなんで......」


「なんであんな事を言ったのか? なんでここにいるのか? なんで......生きているのか?」


 暗い控え室の扉の所には奈々美さんが立っていた。

 奈々美さんはこちらをじっと見て、俺に何かを求めているかのような目をしている。


「いつからそこに?」


「さっきからよ」


「そうか......」


「......」


 まだ奈々美さんはこちらを見ているようだったが、何を言えばいいのか、言葉が見つからない。

 一瞬間の沈黙の後、奈々美さんが呆れたようにため息をつくと、俺の方へ近付いてきた。その動きに思わず俺は顔を上げた。

 上げた顔に何かが当たった。鋭い音が控え室に響く。

 視界がぶれて、さっきまで見えていなかった横にあるロッカーが見えた。

 頬から伝わるひりひりとした痛みに思わず目を見開く。

 まだ痛みが残っている頬とその逆側に、俺よりも少し体温の低い冷たい手が触れる。

 ぐいっと顔が引っ張られ、奈々美さんとかなり近い位置で目が合う。


「な、奈々美さん?」


「あなたは今何を見ているの?」


「えっ?」


「あなたの目には何が映っているの?」


「奈々美さん......が映っている?」


 そういう意味ではなかったのだろうが、頭の回っていない俺はそんな馬鹿みたいな答えを出してしまった。

 奈々美さんも呆れ過ぎて我に返ったのか、息のかかる距離にいたため暗い室内でも顔が赤くなっているのが見えた。


「ば、馬鹿じゃないの!? そうじゃないでしょ? そうじゃ......」


 言いかけた言葉を飲み込んだ気がした。

 それから先奈々美さんは何も言わなかった。

 次の試合開始時間まで、ただただ彼女は俺の横にいただけだった。寝れない時に添い寝してくれている母親のように、ただ何も言わずに傍に居続ける。それがその時の俺にとってどれだけ嬉しかったか。

 微かに触れる肩から伝わる奈々美さんの暖かさに、どこか懐かしさを感じた。

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