第19話 息抜き

「春奈! すまん、そっち行ったぞ!」


「おっけー! 広人、援護!」


「あいよ!」


 地をうようにして走る戦闘機兵、デモ機を俺は見逃してしまった。しかし、その行く手を阻むようにして春奈が立ち塞がり、ヘイトを貰ったところで広人がスナイパーライフルで援護射撃をする。


「ナイス撃破広人!」


「春奈こそ!」


 俺が知り合う前から仲が良かっただけあって、コミュニケーションも取れ、とてもいいコンビネーションだ。問題はこっちではない......。


「奈々美さん、今前に出たら危ないですよ!」


「いえ、このままいけるわ......!」


「......あ......危な......!」


 奈々美さんの進行方向の左側、下がろうとした桃咲とぶつかり、お互いに逆方向へ飛んでいく。建造物に機体を擦こすりながら、体制を崩した状態で奈々美さんは敵デモ機の前へと出てしまった。


「......くっ!」


 デモ機の振るったソードを咄嗟にガードしようとするが......!

 桃咲とぶつかった時の衝撃で武器を落としてしまったようで、対した装甲も付いていない腕で受け止めた機体は、耐えきれずそのまま2つに切断された。奈々美さんのモニターに「Dead」の文字が出ている。


 そう......これこそがこのチームにある唯一の問題、奈々美さんの暴走だ。


「......今日はここまでにしとかないか?」


「おいおい、どうしたんだ一樹? まだ昼にもなってないぞ?」


「ひょっとして気分が悪いとか?」


 いや、そういう訳では無いが......。


「気分転換もたまには大事だろ? これからみんなで息抜きをしよう」





「んで、何故ここなんだぁぁ! ここまで来たら海かと思ったぞ!」


「仕方ないだろ? 水着なんて持ってきてないんだから」


「ほらほら! 広人、イルカが跳んでるよ!」


 俺達は今海......ではなく、鴨〇シーワールドに来ている。そして6人でイルカショーを見ているのだ。


「なぁ、これ飽きないか〜?」


 すでにイルカなど飽きたように言っている広人だが、まだここに来てから1時間しか経っていない。......しかし、3時を少し過ぎたくらいの夏の弱めの日差しを浴びていると、とても眠たくなるのは事実だ。

 まぁ、俺にとってはどこでも良かったのだが......。


「奈々美さん、ちょっといいかな?」


「えぇ......?」


 俺は隣にいた奈々美さんに小さな声で耳打ちし、他のみんなよりも離れた位置に移動した。


「それで、何かしら?」


「うん、なんて言えばいいかな......」


「......戦闘の仕方についてかしら?」


 本当にこういう時の奈々美さんは勘が鋭い。


「まぁ、そんなところかな......意識があるならいいんだけど、校内戦はチームで行うものだからね」


「それは分かってるわ......分かっているのだけれど、戦闘機兵を操縦しているとどうしても気持ちが焦ってしまうの......」


 その顔は、寂しげで苦しげでどこか遠くを見ているような感じだった。俺はあの日の、クラス分けテストの時の奈々美さんの言葉を思い出してしまう。


『私は10年経った今でも復讐なんかのために生きているのだから』


 あの時、結局最後まで聞くことは出来なかった。あまり他人の私情にまで口を出すのは良くはないと分かっていても、チームのメンバーが悩んでいるのを助けたいと思うのは、至って普通だろう。


「奈々美さん......俺は、チームメンバーとしてクラスメイトとして、そして1人の友人として力になりたいと思ってる。もちろん嫌なことを全て話せとは言わない......だけど、相談ならいくらでも乗るよ?」


 俺はあまり器用な人間ではない。だからこそ、出来ることをする。


「ありがとう......でも、大丈夫よ。今度からはちゃんと冷静に判断して行動するようにするわ」


 あまり長い付き合いではないが、分かる。この顔の奈々美さんにアドバイスをするなど俺でなくても、出来たものではない。


「じゃあ、今はこの休みを楽しもっか! 戻ろう奈々美さん!」


「ふふっ、ありがとう」


 俺が膝をつき差し出した手を、軽く微笑みながらとった。

 かっ、可愛い......。


「あのぉ......?」


「「ん......!?」」


 誰もいないと思って座ったはずなのに、奈々美さんの左後ろから声が聞こえ、驚いた俺たち2人は声が被ってしまった。


「ごめんなさい聞く気はなかったんですからね〜?」


「い、いつからそこに......?」


 長い髪を下の方で結び、着物を着ている、おっとりとした表情のその人はまさに......和風美人。......思わず見とれてしまう。


「えっと、最初からずっといたんだよね〜」


 その人は少し困ったような表情をしている。


「あぁ、ここにいたのかいハニー!」


 そこに来たのは、和とはまるで逆、金髪で長身の整った顔立ちの男。ハーフなのだろうか。


「ん〜? 羽月うづきくんか〜」


「ほら、皆さん待っているので帰りますよハニー?」


「そうだね〜」


 全く対称的な2人は、その後すぐに退散した。去り際に美人の女の人は「桐島きりじま ゆい」と名乗っていった。


「桐島......?」


「奈々美さん? どうかした?」


「いえ、どこかで聞いたことがあるような......」


 結局奈々美さんがその人のことを思い出すことは無かった。

 その日は広人が飽きてしまったこともあり、そのまま帰って早めに寝ることになった。こういう日があってもいいのだろう。本当にそう思える1日だった。

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