第15話 合宿所の夜

 

「くっそー! また負けたよ......今日1回も勝ってない......」


 そういえば広人は1回も勝ってなかった気がする。


「ここまで勝てないと広人は疫病神なのかもよ?」


「あはは......頑張らないと......」


 俺の横で、落ち込む広人を春奈がさらに追い込んでいる。


「奈々美さん、さっきの......」


「桃咲さん、さっきの打撃系武器使ってたわよね?」


 言いかけた俺の言葉を、遮るようにして奈々美さんが桃咲に話しかけた。


「ひっ!......は、はい」


 いきなり奈々美さんに話しかけられた桃咲は、不意をつかれたように一瞬ビクッとしたかと思うと、一歩下がった。


「あなた、見た目によらずあんな豪快な戦い方が出来るのね......」


「あ、ありがとうございます......」


 あれ桃咲だったのか......。


 言い当てた奈々美さんはとても凄いと思うが、それよりも桃咲が豪快な戦い方をしていたことに驚いた。


「青葉は画面挟んだら意外と普通なのよね〜」


 いや、春奈、あれは普通以上だ。


「ね、ね、遠山さん、俺はどうだった?」


「......あなたいたの?」


 奈々美さんの軽い冗談に、広人が相変わらず本を読んでいるクラス長に泣きついている。


 最近は奈々美さんも他の4人と打ち解けてきて、チーム内の雰囲気はとてもいいと思う。

 このまま行けば、校内戦も何とかなるかもしれない。


......という俺の予想はすぐに裏切られることになる。




 その日は夜ご飯を食べると、みんな疲れているので、すぐに寝ることにした。


「じゃあ、電気消すよ?」


「おっけー!」


 男子と女子、別々の部屋に分かれ、布団に入った。



「............」



......寝れん。


 特に暑いわけでもない。むしろ、夏にしては涼しいくらいの気候だったのだが、何故だか寝れなかった。


 しばらくの間、30分くらい経っただろうか。

 俺はあまりにも寝れないので、ベランダに出て、風を浴びることにした。


 2人を起こさないように、静かにベランダに出た。


「......一樹?」


 そこには先客がいた。


「春奈......か?」


 どうやら春奈も寝れなかったらしい。


「こっち来なよ......」


 ベランダの柵にもたれていた春奈が、自分の横をポンポンと軽く叩きながら静かに言った。

 俺はその通りに隣に外を見るようにして、もたれた。


 静かな夜の空に、虫の鳴き声が優しい風に乗って響いている。


「......一樹はさ、悩みってある?」


 それは静かで、少し悲しげな、そんな声だった。


「......良いのか悪いのか、悩みって言えるものはあんまりないかな」


「幸せだね......」


 春奈はそう言いながら、クスッと頬を緩ませた。

 月明かりに照らされたその光景は、とても美しく、1つの作品のようだった。


「......春菜は何か悩みがあるのか?」


「まぁ、うん......」


 顔を見ているだけで、この悩みは軽いものではないことがなんとなく分かった。


「俺でよければ聞くよ?」


「......誰にも言わないでね」


 俺が「分かった」と答えると、春奈は一息ついて話し始めた。


「いつからだったかな......。私って中学の頃から、スポーツにおいても、勉強においても、何をやるにしても負けず嫌いだったの。だから、自分より能力が高い人がいたら、その人を目標にしてその度に超えてきたの......」


 負けず嫌いなのは知っていたが、「その度に超えてきた」って......。


「......でも、今は違う。越えられない壁っていうのを感じた気がするの」


「......越えられない壁を目指して頑張るのはいい事じゃあないのか?」


 春奈の表情は柔らかいものの、その目は遠く、俺とは違うものを見ているようだった。


「そうね......確かに壁は高いほうがいい、けど、今回はそうじゃない......。絶対に超えられないって思うの。だから、辛い」


「春奈にそこまで言わせる『壁』って何なんだ? ......言いたくなければ言わなくていいから」


 俺は少し気になってしまった。

 それは単純な興味。特に深い意味はなかった。


「......本当に誰にも言わないでね。......奈々美の事なの」


「えっ?」


 それは予想外の答えだった。

 今日だって、奈々美さんと春奈は仲良さげに話していた。

 そんな素振り全く見せなかったのに......。


「前からモヤモヤはしていたんだけど、最近その意味に気づいたの......。本当に私って嫌な女だよ......」


 この話の中で、俺が口を挟めることなどあるのだろうか。


「私ね、奈々美にどうしても勝てないの......。勉強も、戦闘機兵の操縦も、私は奈々美に勝てる気がしない......」


 春奈には悪いが、それは実際その通りだ。

 奈々美さんは人の何倍も努力をしてきた。

 戦闘機兵においては、春奈だけではなく、俺を含め、チームの中で1番強いだろう。


「諦めてしまっているの......。認めてしまっているの......自分の負けを。奈々美だから勝てないって。そんな私が私は嫌だ......」


「......いいんじゃないのか?」


 俺は自分の中で、話を整理することが出来ないまま、言葉は口から出ていた。


「......え?」


「負けをきちんと認めることが出来るのは、そう簡単に出来ることじゃないよ。負けを認めると、劣等感を覚えるかもしれない......けど、それは確実に次へ進むかてとなる。春奈はこれから先へ進むことが出来るんだよ。踏み出せるかは春奈次第......かな」


 言いたいことが伝わったか、不安だったが、それなりに伝わったようだ。

 春奈は少し考えた後、また口を開いた。


「......うん、そうだね、ありがと一樹! 多分私は奈々美に嫉妬していたんだと思う、何でも出来る奈々美に。けど、そうじゃない。努力なしで人は成長できないんだよね......」


 そう言った春奈の顔は、さっきとは違う、明るい表情だった。


「一樹は優しいね......。一樹と話してると、すごい落ち着く」


「......そんなことないよ。けど、そう言ってくれるなら嬉しいな。またなんかあったら遠慮なく言ってくれ」


 優しく微笑む春奈が、可愛く見えて、恥ずかしくて顔を合わせられない。

 春奈は、俺の緊張をよそに、積極的に距離を詰めてきた。


「......イチャイチャしてるところ悪いが、明日も早いし早く寝た方がいいですぞ」


「イチャイチャ!? そんなことしてないよ!?」


 俺達の会話がうるさかったのか、1番窓際で寝ていたクラス長が起きてしまっていた。


 そんなクラス長の不意打ちに、春奈がかなり動揺している。


 俺達はクラス長の忠告通り、寝るために別々の部屋へと入っていった。

 夜も遅かったため、俺はその後すぐに寝た。

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