宵の手を
仄暗い空間に手を伸ばす。
何故手を伸ばしているのかも知らずに。
「此処は……」
頭は回らない、しかしその空間は回る。
否、歪む。
円を描く様に手の周りを歪ませる。
掴ませぬ様、求めさせぬ様に。
後少し、後ほんの少しで良い、それで求める何かに届く。
そう予感した。
ピピピピッピピピピッ
目覚ましがなる。
俺は寝ている間に手を伸ばしていたらしい。
じっとりと寝汗をかき不快感が残る。
「……何が欲しかったんだ?」
誰も返事をする事は無い。
自問自答、独り善がりの戯言に。
俺は煙草に火をつける。
「ふぅ…」
思考に残る靄を吐き出す様に煙を吐く。
寝汗を流す為に風呂に入る。
着替えを取り出し、用意を済ませて煙草を灰皿に押し付けるように消す。
少し微温いシャワーを浴びさっぱりした。
そこからはいつも通り珈琲を飲み軽い朝食を済ませる。
「さて、会いに行こうか。」
家を出て河川敷に向かう。
梅の花が咲き空を舞う。
その光景は縁がて招いている様に見えた。
程なく桜の元へと辿り着く。
煙草に火を付け煙を吹かす。
「やぁ、今日も来てくれたのか。」
「来れる日は来るさ。」
それだけ言い煙草を渡す。
縁は煙草を受け取り火を付けた。
「毎度思うが本当にモノ好きだね。」
「ま、そんな人が居てもいいじゃないか。」
「そうだね、うん、そうだ。」
縁は納得すると歌い始めた。
それは俺の知らない歌で、とても優しかった。
「なんて歌なんだ?」
「さぁね、もう忘れちゃったよ、でも暇な時に口ずさんでいたからね。」
きっと大事な歌なんだろう。
一陣の風が吹く、土と草の香りは何かを流したように感じた。
「……明日の晩、今度は酒を持って来るよ。」
「あぁ、よろしく頼むよ。」
そこからはいつもと同じ、たわいもない会話、煙草、梅の香り。
この関係は続くだろう。
俺が、いや、どちらかが居なくなるまで。
失わないものは無い。
例え大事な者でも、大切な者でも。
変わらない物は廃れていく。
停滞は衰退的で、進展は宵の中で、自ずと見える景色に惑わされ、一筋の光を掴む。
それは希望か、果たして陽炎か。
誰も知らぬ明日へ俺は行く。
「また来るよ、縁。」
「またおいで、円。」
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