梅の香りが縁となる

  「やぁ円、久方ぶりだね」


  その声を聞いて安堵する。

 もしかしたら完全に居なくなってしまうのではないか、そんな不安があったからだ。


  「…煙管、持ってきたぞ。」


  俺は煙管を取り出し木から降りた縁に渡す。


  「お、約束を覚えててくれたのか。」


  「当たり前だろ、縁と会うのをこの一年楽しみにしてたんだから。」


  「円は寂しがり屋だね」


  茶化すように言ってくる。


  あぁ…これだ、これが俺の望んだ再会だ。


  「俺は存外寂しがり屋でね、桜が咲くまで可愛がってくれよ?」


  「任せなさい、こう見えて私は優しいからね。」


  俺は縁の言葉を聞きながら煙草の葉を渡す。


  縁はそれを摘み指の腹で丸めると、火口に葉を詰め火を付ける。

 はぁ、とゆるりと煙を吐く。


  「ふぅ……良いねぇ。」

  

 縁はのんびりと煙を吸う。


  「俺にも教えてくれるか?」


  「そうだね、まずは火口に葉を詰めるだろ?」


  俺は縁の真似をし、葉を指の腹で丸め、火口に詰める。


  「後は火を付けてのんびり吸うのさ、偶にこちらから息をゆるりと吐くと良い。羅宇らう、この管を煙が通り冷却され程よくなるさ。」


  「わかった」


  簡素な返事をし、俺はゆるりと吸う。


  羅宇らうを通り普段とは違う冷えた煙が濃厚な味わいを生む。


  「これはなかなか良いな。」


  「そうだろ、煙管も捨てたもんじゃない。」


  その間も縁はゆるりゆるりと煙を漂わす。


  俺はそんな縁を眺めていた。


  「…安心しなよ、来年も居るからね。」


  「……そうか、それは良かった。」


  その言葉に安心した。

  そして今までの出来事を話していく。


  「縁が去った後の桜は綺麗だったぞ。」


  「へぇ、桜が咲く頃には居ないからね、聞かせておくれ。」


  「あぁ、縁が去った次の日の事だ。空を舞い、あたかも桜色の雲が出来たかの様だったさ。」


  「そいつは綺麗だ、私は桜を見たのはどれ程前かも覚えちゃいないがその姿は今でも脳裏に焼き付いているよ。」


  「だけどその下に行っても縁が居なくてな、今までと違い味気なく感じてしまったよ。」


  それからというもの此処で一日の話をしに来ていた事、晩酌をしていた事、全てを話した。


  「良いねぇ、若人はそうでなければね。」


  「俺も縁みたいな詩人の様な言い回しが出来れば上出来だったんだがな。」


  俺は苦笑いを浮かべなから言う。


  「そんな事は無いよ、その

 言の葉はしかと私に伝わった。」


  あぁ…そうだ、通じてさへすれば会話は成り立つ。

 縁は詩の様な言い回しを、俺はいつも通りで良いんだ。

 それこそ俺の望んだ物なんだから。


  「円は円のままで良い、私が私である様に。」


  「そうだな、通じてさへすれば会話なんて成り立つしな。」


  「その通りだよ、まぁそんな話は置いといてだ、もう一服しようじゃないか。」


  そう言うと縁は葉を丸め火口に詰める。


  吐いた紫煙は空を漂う。


 俺も同じ様に煙を漂わす。


  「……次桜が咲くのにどれ程掛かるかわかるか?」


  「そうさねぇ、二月ふたつき程じゃないかい?」


  「そうか、それまでは来ようか。」


  「そうしておくれ、私も円と一緒で存外寂しがり屋なのでね。」


  「お互い似た者どうしって訳か。」


  「そうさ、同じ場所で同じ様に煙を吸って、たわいもない会話をするのが大好きだからね。まして幽霊と人だ、そんな奴らはそうはおらんよ。」


  カラカラと笑う。


「時は違えど息は合う、素晴らしい事だ。」


  「その素晴らしい時間を大切にして行きたいからな。」


  「えんえんえんとなり、本来噛み合うことの無かった歯車は廻りだし、数多の偶然が重なり本来は無き奇跡を軌跡とす。まぁ、それが運命って奴かね。」


  「その運命は良い働きをするな、こんな事は二度とは起こる事は無いし楽しもう。」


  「そうしようか」




 楽しんでこその人生だ、明日もまた良き日であらん事を。


 そんな事を柄にも無く祈っていた。

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