梅よ咲け、出会わんとす者の為

 今日もまたいつも通りの時間に目覚ましがなる。


  顔と歯を磨き、珈琲と煙草。


  そして時刻は九時前になり、日課の散歩へ出かける。


  今日は梅が香らない、代わりに仄かな桜の香りが鼻腔をくすぐる。


  煙草を吸いながらあの桜へと向かった。


  「……一昨日まで待ち遠しかった春が来たってのにな。」


  もしかしたらまだ縁が居るかもしれない、そんな淡い期待が胸の奥に潜む。


  やがて桜が見えた頃。


  少し前まで待ち望んでいた花吹雪が空を舞う。


  縁に出会う前ならば足取り軽やかになっていただろう。

 今の俺には悲しい色に見えた。


  そして桜の木下に辿り着く。

  石に腰掛けると煙草に火を付けた。


  「縁、まだ居るなら一緒に吸おう。」


  されど返事は来ない。


   「……来年かぁ」


  何て事は無い、ただ一年待てば良いだけの話。


  「一年って気付けば経つが意識すれば遅いな……」


  そんなたわいもない独り言を零し、帰路へ着く。



  そして有給が開け仕事が始まる。


  ごくごく普通のサラリーマンで、営業課の一人だ。

  残業したくない一心で定時までに仕事を終わらし、空いた時間は桜の下へ向かう。


  縁と会う前から変わらない日課だ。

 なのに物足りない、たった二日の間柄。

 それでも尚いて欲しいと心から思う。


  「……一人ってのは寂しいな。」


  縁は何年も、何十年も独りでこの桜の木に居た。


  「俺には到底耐えれそうに無いな。」


  



 その日から俺の日課は変わる。


 いつもならば唯の散歩だったが、俺は一日の出来事を話すようになった。


  誰が聞いている訳でもなく、ただそうしたいと思ったから。


  桜の下に雨の日以外は毎日通った。

  そしてその日の出来事、来れなかった日の出来事を語る。


  誰かの為ではなく、自己満足の為に。

  

  縁が聞けばきっと返事は返してくれる。


  こんな事をしていたと知ればきっと、『そんなに私に会いたかったのかな?この寂しがり屋め。』と茶化しながら返してくれるだろう。


  俺はそんな日が待ち遠しかった。


  月日は流れ冬になる。

 梅の開花はまだ来ない、明日になればもうすぐ会える、そう思い仕事に励んだ。

 営業も軌道に乗り始め、忙しくなる。

 残業や訪問で帰るのが遅くなる日もあった。

 それでも通いその日の話をする。

 休みの日になれば酒を持って行く事もあった。

 そうして日々を過ごす。


  気付けば明日にでも咲きそうな時期だ。


  約束の煙管を二つ買い、持ち歩く様になった。

 葉は有名所を持って行く。

 昔の銘柄は殆どが廃盤になっていたからだ。


 蕾は色を帯び、微かに香る様になっていた。

 その事が嬉しかった、またたわいもない会話が出来る、そう安堵していた。


 それは去年とは違い、梅の開花を楽しみに。

 時は来た。


  「その蕾を咲かせ、また合わせておくれ。」




  そして梅の花が咲き誇る。

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