桜咲く前

 家に着いたが、鼻の奥に梅の香りがする。

 その香りが疑問を更に膨らませる。


  ゆかりはいったい何者で私達とは?

  

  何故煙と共に消えたのか。


  何度も同じ所を思考が通過する。


  しかし考えた所で本人では無い限りわからない。

  曰く時間の無駄と言う奴か。


   ……明日にでも聞いてみるか。





  そして夜は明け、朝を迎える。


   目覚ましがなる。


  俺はまだ寝足りない身体を無理やり起こす。

  顔と歯を磨き、珈琲を淹れる。

  そして煙草に火をつけた。


  「……ふぅ」


  寝起きは珈琲と煙草が無いと始まらんな。


  そんないつも通りの朝を迎える。


  時刻も九時に差し掛かった頃、俺は散歩に出かけた。




  昨日は縁と出会い、縁を結んだ。

 その事が妙に嬉しく、その反面別れが惜しく感じてしまった。


  一度きり、たった一度の出会い。

 その一度が俺の運命を変えるには容易だった。

  それに気付く事は無い……今は、まだ。



  気付けばまた桜の木の下に着く。


  俺は石に腰掛け煙草に火を付ける。


  ゆるりと紫煙を吐き、呟いた。


  「また来たよ、縁ちゃん。」


  「……本当に来てくれるとはね、驚いたよ。」


  縁の声が上から聞こえる。


  「言っただろ、また会いたいって。」


  「普通はあんな去り方をすれば来ないもんだよ。」


  苦笑い、ともすれば微笑みとさへ取れる少し変な笑い方をする。


  「まぁこうして約束を守ったんだ、降りて煙草でも吸わないか?」


  「ありがとう、では一本頂くよ。」



  縁は煙草を受け取り火を付ける。


  「ふむ、今の煙草も良いけど昔の煙草も吸いたくなるね。」


  「そうか、何を吸ってたんだ?」


  「煙管だよ、今じゃ銘柄も思い出せないけどね。」


  カラカラと笑う。


  「煙管か……一度吸って見たかったし今度二人分買ってこようか。」


  「お、有難いね。」


  たわいもない会話が安らぐ。

  そんな中で昨日の疑問をふと思い出す。


  「所で縁ちゃんは何者なんだい?」


  縁は一瞬迷った顔をするが直ぐに戻る。


  「…曰く幽霊って奴かね。」


  「やっぱり幽霊だったのか。」


  「そうだよ、あまり驚かないね?」


  「あんな去り方をすれば察しは付くさ。」


  「ふふ、そうだったね。あ、今更だがちゃん付けは良いよ、何せ君の祖母よりは歳上だろうからね。」


  「わかったよ、縁。」


  縁は嬉しそうに破顔させる。


  「良いねぇ、凄く良い!」


  「突然どしたんだい?」


  「いや、人にしっかり名を呼ばれる事がだよ。」


  「今まで此処に来たのは俺だけじゃないはずだけど?」


  「そうだが、会うのは君が初だよ。」


  ……今まで来たやつとは話さなかったのか。


  何故だがそれが嬉しい。


  「理由はあれど君はこの桜の花言葉を知っているかい?」


  「知らないけどそれがどうか?」


  「この桜はカンザクラと言ってね、花言葉は気まぐれ。つまり君と私を繋ぐ縁は気まぐれさ。」


  「気まぐれ……か。その気まぐれにも感謝しないとな。」


  「私と出会えてそんなに嬉しいかい?」


  縁はにやにやとこちらを見てくる。


  「嬉しいに決まってる、じゃなきゃ会いに来たいなんて言わないよ。」


  俺の言葉に唖然とし、徐々に顔を赤らめる。


  「…そんなに真っ直ぐだと困るじゃないか。」


  「あぁ、困れ困れ。その分楽しませれるように頑張るからさ。」


  俺は縁の赤く染まった困り顔を見ながら新しい煙草を取り出す。


  「ほら、一緒に吸おう。」


  「……そうだね、有難く貰うよ。」


  火を付けると何故か梅の香りが無くなる気がした。

  それが無性に怖く、誤魔化す様に縁に聞く。


  「縁はどうして梅が香る時に来いって言ったんだ?」


  「その事か……私はね、この桜が咲けば此処には居れないからさ。」


  「……成仏するって事か?」


  「しないよ、したら今頃此処には居ないさ。」


  安堵と不安の狭間で揺れる。

  皮肉な事に縁と楽しむこの煙の様に。


  「明日にでもこの桜は咲くだろう、いつもより特別早く……だから、来年も来ておくれ。」


  「…わかった、絶対に来る。それまで俺を忘れないでくれよ?」


  「その時は煙管も忘れずにね。」


  「約束だ、また来年も此処で会おう。」


  「承った。」


  そして煙草も吸い終わり俺は帰路に着く。


  



  『時は幽玄、煙立てば幻想……って感じかな。』


  『どうか、来年も私に会いに来ておくれ。

  また一緒の煙草を吸いたいからね。』

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