第10話 予感 よかん


「あの……」

「ん?」


「ほんっとうに今更なんですけど……」

「なに?」


真理亜まりあさんの『苗字みょうじ』を教えてもらっていいですか?」

「えっ」


 あまりに唐突に聞いたからだろう。


 真理亜まりあさんは目を点にしていた……。やはり、いきなりそんな事を聞かれても困るとは思う。


「……東西寺院とうざいじいんよ」

「……そうですか」


 俺は普通に答えたが、真理亜まりあさんとしては「なぜ、そんな事を聞いたのか……」という疑問が浮かんだのか、怪訝けげんそうな顔をしていた。


 もちろん、いきなり質問されてそんな返しをされたら、そんな顔をする理由も分かる。


 だが、それを教えても……信じてくれそうにはない。


 それに、一恭かずきよさんの事も教える事になる。出来ればそれは避けた方がいいだろう。


 もし、教えてしまったら『一族が一恭かずきよさんの存在を消した』という事があかるみに出てしまうから……。


 そんな事、亡くなった一恭かずきよさんも望んではいないはずだ。


「そもそも真理亜さん、何しに来られたんですか? 本当に、あの人に会いに来た……ってだけなんですか?」

「……」


 とりあえず、俺は話を逸らすことにした。


 思えば、あの人もお客様を見た瞬間。まるで『さとり』の様にそのお客様に『起きそうな出来事』をなぜか察知さっちしている。


 ただ、そんな事を話しても信じてはもらえない。


 そう思ってなのか、あの人は基本的に『回りくどい』話し方をしてしまう。そのせいでお客様は『何が起きる』なんて事は分からない事が多い。


「実はね。何となく……本当に何となくなんだけど、あの黒髪美少女さんに何か……よくない事が起きそう……だと思って」

「……何となく……ですか」


「ええ……、曖昧あいまいでごめんなさいね」

「いや、それはいいんですけど」


 しかし、今日『あの人』は体調を崩して寝ている。


「でも、気を付けて」

「?」


「これもなんとなく……なんだけど、なんか……嫌な予感がするの」

「嫌な予感……ですか?」


 いきなりそんな事を不安そうな顔で言われると、こちらも不安になってしまう。


「……分かりました。あの人の行動に……目を光らせておきます」

「うん。よろしくね」


 そう言って、真里亜まりあさんはなぜかタイミングよく通ったタクシーを止め、何事もなかったかのようにそのまま帰って行った……。


◆ ◆ ◆


「…………」


 真理亜まりあさんが帰った後、俺は自分の部屋でゆっくりしながら今日の話を思い返していた――。


「……」


 やっぱり、一恭かずきよさんの言っていた『家』は、この時代の『真理亜まりあさんの一族』だ。


 つまり、一恭かずきよさんは真理亜まりあさんのご先祖様……という事になるのだろう。


「……」


 それにしても……やはり真理亜まりあさんとあの人とでは共通する点が多い。そして、最近のあの人の不審な行動。


 全部をかんがみると……あの人は、やっぱり……。


 俺は、真理亜まりあさんが持っていた『家帖譜血かちょうふけつ』を見た時からずっと思っていた。


 あの人が……真理亜まりあさんのご先祖で、その会社の母体を作り、一恭かずきよさんが死ぬまでずっと気にかけていた事がある……。


 ――あの少女が『亞里亞ありあ』さんではないか……という事が。

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