第9話 兄妹 きょうだい


 『東西寺院とうざいじいん 一恭かずきよ


 この人は、俺がたった一度話をしただけの人で、友人ではない。それにこの人は多分。俺が生まれるよりも昔を生きていた人間だ。


 しかし、俺が困っている時に出会った人である。


 だが、俺はその事が『仕組まれていた』様にも、はたまた『偶然』だった様にも……と思ってしまうが、結局のところは何も分からない。


 この『亞里亞ありあ』さんの隣にある『汚れ』の様なモノがお兄さんの名前で、これが一恭かずきよさんなのであれば、真理亜まりあさんが知らないのも何となく分かる。


 なぜならこの一恭かずきよさんは俺と出会った時、ちょうど実の父親に殺されそうになっていたのだから……。


「……」

「ちょっと?」


「……」

「大丈夫、あなた」


「……あっ、すみません」

「どうしたの? 突然黙っちゃって」


 さすがにずっと黙ったまま固まっていたからだろう。真理亜まりあさんは不安そうな顔で俺に声をかけた。


「それで、この『亞里亞ありあ』さんにご兄弟がいる事が何か関係があるのかしら?」

「いえ……、ただの勘違いでした」


「……ちょっと疑問の残る言い方ね」

「そんな事はありませんよ」


 一応、俺はそう言う事で『平静』を保っていたが、内心では「あの俺を突き落とした人が、何も関係がないとは思えねぇ」と実はずっと思っている。


 なぜなら、一恭かずきよさんは自分で「俺の実家は『老舗しにせの呉服店』だ」と言っていたのだ。


 その証拠に、一恭かずきよさんの着ていた『着物』はそんじょそこら辺で売っている様な安物ではなかった。


 それはもう、素人目しろうとめでも分かる程である。


 もちろんとっておきの『一張羅いっちょうら』という可能性も否定は出来ない。が、家出中の人間が着る様な代物しろものだとも思えない。


 しかも、「生きたままでは困る……」という理由で、父親が暗殺者を雇う……という徹底ぶりだ。


 今までの話を踏まえると……やはり『一恭かずきよ』さんは、真理亜まりあさんのご先祖なのではないか……と思ってしまう。


 でも、後世こうせいには伝えられていない……。


 どうしてもそれを考えると、『一恭かずきよ』さんの思いが浮かばれない様に感じる。


 当然、俺が一度とはいえ、会話をした人間だから……という事もあるが、事情を知っていると……やはり残念でならない。


 その時、一恭かずきよさんは「生きていた事すらなかった事にされる……」と言っていた。


 それが現実となっているのだ。


 なぜなら、真理亜まりあさんが知らない……この事実が全てを物語ものがたっている。


 じゃあ、やっぱり一恭かずきよさんは……俺を崖から突き飛ばした後、どういった方法かは知らないが『亡くなった』のだろう。


 それで、この『亞里亞ありあ』さんが一恭かずきよさんがずっと気にかけていた妹……という可能性は限りなく高いだろう。


 たとえ、一恭かずきよさんの『存在』をなかった事にしようとした人間がいようと、それは動かぬ『証拠』のはずだから……。

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