第8話 親子 おやこ


『……あっ、あなたが?』

「うん。そうだよ」


 僕は舞さんがずっと気になり、情報を探していた『お兄さん』だという事に驚いていた。


「確かに突然信じられることじゃないと思うんだけど……」

『……なんで、もう亡くなってしまっているあんたが、舞さんが犬を飼っているのを知っているの?』


 僕を飼い始める前に……いや、舞さんが生まれる前に亡くなっているはずなのに……。


「えーっと……。そっちが気にあるんだ。俺が舞の『兄』ってこと以上に」

『たっ、確かにあなたが舞さんのお兄さんだってことも驚きだけど、それ以上にあなたの言葉はにわかに信じがたい事が多いから』


「亡くなってもこの世界に未練があったから、彷徨さまよっていました。じゃあ理由には、ならないかな」

『それが理由になっているとも思えないけど、証明する事もさせる事も今は出来ないから、この際。それでいい』


「へぇ、いいんだ」

『とりあえず、聞きたかっただけだし。具体的な事を聞いたところで、今更だし』


「へぇ、やっぱり君。頭がいいんだね。で、その次に僕が舞のお兄さんであることが気になる……と」


『あっ、当たり前の事だと思うけど? 僕は会話くらいでしかあなたの事を知らないから』

「まぁ、そうだね。うん、そう……だよね」


『それにしても、あなたはかなり白い様に思うけど?』

「白いって……でも、父さんも少し……白っぽかったと思うけど」


『僕は一、二回しか会った事がない』

「そっか。じゃあ、今でも海外を転々と移動して、忙しそうに働いているんだね」


 そう言うとお兄さんは「変わっていないなぁ」と思い出し笑いをしているのか、口元に手を当てながらクスクスと笑った。


 その姿は、確かに舞さんに似ている。


 舞さんのお父様は……仕事の関係か日本にいる事がほとんどない。そのため、恵美里亜えみりあさんが『社長代理』として日々の業務などを取りまとめているのだ。


「父さんは、あまり男尊女卑だんそんじょひって感覚がない人だったから、母さんが『代理』になる事を周りに反対された時、ものすっごい形相で周りの人を叱りつけていたな」

『……鬼の形相と呼ばれるヤツ?』


「ははは、そうそう。まぁ、俺もそういった『差別』というか『区別』って言うのは、何も全部しなくちゃいけないモノじゃないって思っているから」

『…………』


 どうやら物事の考え方は『舞さんのお父様』と似ている様だ。


 つまり、見た目は『お母様の恵美里亜えみりあさん』に似ており、中身は『お父様』に似ている……という事の様だ。


『……もし』

「ん?」


『もしも、あなたが舞さんのお兄さんだとして、なんでこんなところにいるんだ?』


「……やっぱり、そうなるよね。でも、俺もよく分からなくて」

『よく分からないって、どういう事?』


「うーん。確かに俺は、『花畑』で寝ていたはずなんだけど……でも、こんな『白い花が多い』場所じゃなかったはずなんだ」

『……………』


 どうやらお兄さんは本当にここがどこか分からないらしく、辺りをキョロキョロと見渡し「うーん?」とうなりながら不思議そうに首を傾けている。


 普通であれば、ここで色々聞くべきなのだろう。


 しかし、さすがに自分でもよく分かっていない人間をさらに混乱をさせるのは、あまり得策とくさくとは言えない。


「……それにしても、君は」

『??』


「俺が出会った動物たちの中でも上位に来るほど人間っぽいね」

『……僕って、そんなに人間くさい?』


 僕は思わずシュン……とこうべれた。


「あっ、ごめん。俺が言いたいのは、君があまりにも『人間みたい』な態度を取るな……って思っただけで『匂い』とか『クサい』とか決してそういう訳じゃなくてだね」


 僕があまりにもショボンとしていたからだろう。お兄さんは、しどろもどろになりながらも、僕を励ました。


『……そんなあなたは、なんて言うか……変わっているね』

「えぇ……。まぁ、確かに昔からよくそう言われていたけど」


『……否定はしないの?』

「いやだって、俺は普通だと思っていたけど、みんながみんな俺を『変』って言うんだよ? ただ、鳥に今日は良い天気だねって話しかけていただけなのに……」


 確かに『動物と話』が出来るこの人の話を一切聞かされていない周りの人から見れば、その鳥に話しかけている姿はほぼ確実に『変な人』と認定されてしまいそうだ。


 現に僕も、人間の言葉が分かる……というだけで、蚊帳かやそとにされた事があった。


 しかし、僕の場合は『ただ言葉が分かる』だけだで決して、その相手に僕の言葉が通じることはない。


 つまり、意思の疎通なんてないのだ。


「だから、まぁそのせいか知らないけど、俺は友達ができなかった……というよりも、俺に話しかけてくる人なんて誰もいなかったんだ」


 お兄さんはしみじみと呟いた。


 でも、その言い方は「決して悲しい記憶……」という訳でもなく、むしろ「あの時は困っちゃったね」というくらいの軽い調子だった。


『……気にしてないの?』

「うーん。特には何もなかったね。周りの人は俺のこと、完全に放っておいてくれたし、俺には話し相手がいたから、寂しくも無ければ悲しくもなかったね」


 お兄さんは、たまに言動が弱弱よわよわしくなることがたまにあるが、意外に『何事も悪い方に捉える事はない』様に思えた。


「まぁ、今更の話だけど」


 いや、ただこの人がそこまで物事や人に関心がなく、あまり気にしないだけなのかもしれない……。

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