第9話 病気 びょうき


『ところで、あなたはなんで亡くなったの?』

「……えっ? 気になる?」


 これは、僕がただ純粋に疑問に思っていたことだ。


 舞さんが盗み聞きで聞いた話では、お兄さんは『何か病気に感染していた』と言っていたらしいけど……。


『いや、ただ……』


 でも、僕の中でその話はあまり納得していなかった。僕にはなぜか『何か』を誤魔化されている様に聞こえてならないのだ。


 そして、その時『感染』と聞いて、僕の脳裏に真っ先に思い浮かんだの……『病気』だった。


 その言葉からさらに連想をして『流行り病』が頭に出てきてしまう辺り、僕は暗い性格なのかも知れない。


「まぁ、そうだね。『そういう事』にしておけば、大抵話はそれで済むだろうね……でも、君はそうは思わなかったんだ」

『……』


「でも……なんて言えばいいのかな。うん、ただ少なくとも言えるのは、俺は決して『病』では死んでいない。俺が死んだ理由は……行ってしまえば『呪い』かな」

『……えっ? のっ、呪い?』


 僕の表情を見たからなのか「やっぱり、この表現の仕方は変だよね?」とお兄さんは少々迷ったような顔をしていた。


「僕が思うに多分、あの『家』には『男子短命』の『呪い』がある気がするんだ」『いやぁ、さすがにそれは……』


「…………」


 無いだろう……と思っていたが、お兄さんの真剣な表情を見ていると、どうやら本気で言っている様だ。


『いや、でも……』


「もちろん、入り婿むこの人は除いて……だけど」

『そう考えると、舞さんのお父様は……』


「父さんは、実は入り婿なんだ。だから、除かれるね」

『それで、あなたは除かれない……と』


 しかし、僕が知っている人はそれくらいだ。それ以上にさかのぼられてしまうと、僕は全く分からない。


『でも、舞さんのおじい様は比較的長生きだったと聞いたけど……』

「あー、そうだった。ほたるの爺さんは、長生きだったね」


 ほたるの爺さん……とお兄さんは言っているけど、僕が舞さんから聞いた名前は『ケイ』さんだったはずだ。


 つまり「この人が勝手にそう呼んでいるみたい……」と僕は、そう解釈する事にした。


「まぁ、でもあの人は我が道を行く……って感じの人だったから」

『我が道を行く……』


 そう言われると、どちらかというと舞さんはその蛍お爺様に似ている気がする。


「でもまぁ、俺が死んだ理由は、結局のところ『理由不明』なんだよ」

『それって……もしかして、投げやり?』


「仕方ないけどね。医者に聞いても分からないっていう一点張りだったし、でも俺の存在を消したって事は、やっぱり『一族にそういった呪い』とかあるんじゃないのかな……って俺は思っているよ? 一部例外はいるけど」


『……』


 確かにお爺様を除けば、お兄さんの言っている事はあながち間違っていないのかもしれない。


 それに、この人の言うとおり。普通、家族の誰かが亡くなったのなら、舞さんに『存在』を知られたくない……って事にはならないはずだ。


 色々考えてみると、あの家には何か『秘密』があるのではないか……と思えてならない。


「それにしても……君の履いている『足袋たび』なんだけど」

『ん? コレ? コレは『靴下』だよ』


「えっ? 足の部分が二つに枝分かれしいたからてっきり『足袋たび』だと思っていたよ」

『……』


 そう指摘され、僕はもう一度自分の足下をジッと見つめた。そこには、確かに小さく二つに分かれている。


「それにしても……」

『?』


「どうやら、君は妹に愛されているんだね」

『……はっ!?』


 突然言われた言葉に思わず僕は、その場で固まった。


「その生地。『藍染め』かな? それ、俺がちょっと触ったとき、真っ白い布だったのに、俺が手を離したら『模様』が再び浮かび上がったから……」

『…………』


 思い返してみれば、前に僕がこの『藍染めの足袋たび』を履いてお屋敷にいた時。


 ちょうどお屋敷を訪れたお客様が『足袋』を触った時もなぜか『模様』が消え、ただの『白い布』になっていた。


 しかし、あの時はお客様が触ったのは一瞬だったこともあり、僕の見間違いかと思っていたのだ。


 ここまできて僕はこの足袋が普通ではないことに気がついた。


「まぁ、たとえいくら妹が俺の事を知ったとしても、もし、その俺を愛したとしても、それはただの『彼女が作り出した俺』だよ」

『そんな事は……』


 僕がそう否定しようと口を挟もうとした時、お兄さんは「いや」と良いながら首を左右に振った。


「そんな俺に比べて、君は俺以上に妹の事を理解している。俺は『相手を理解している』も『愛している』に含まれると思っているから」

『…………』


「コレは、もう亡くなってしまった今の俺じゃ、どうしようもないことなんだ。だから、君にお願いがあるんだ」

『……なに?』


 自分で言っていながら悲しくなってきたのだろう。お兄さんは、そんな悲しさを必死に押さえて僕に『あるお願い』をしてきた。


「どうか……これからも妹の事を愛して欲しい……」


 それは多分お兄さん自身がしたいことで本当は、僕に頼みたくはないだろう。


 しかし、お兄さんはもうすでに『亡くなってしまっている』という揺るぎようがない事実が、この『言葉』に現れているように思える。


『……当たり前です。僕の願いは、彼女がずっと笑顔でいることなんですから』


「……君はかっこいいね。人間なんか目じゃないくらい」

『……彼女の前だけです』


 僕がキッパリとそう言うと、笑顔だったお兄さんは「あっははは!」と大きな口を開けてさらに笑った。


『……』

「はぁ、もう俺が言うことなんてないね。じゃあ、頼んだよ」


 お兄さんは笑いすぎで流れた涙を片てでぬぐった。


『!』


 そして、突然白いもやがかかったかと思ったときには……もう僕の前から『お兄さん』も『花畑』も……全て消えて、僕は屋敷の外にいた――。

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