第7話 会社 かいしゃ


「……」


 自室に戻った樹利亜じゅりあは、先ほどの雪榮ゆきえの姿を思い出していたが、固まってしまっていたのは、分からなくもない。


 なぜなら、死んだと言われていた父親から手紙が届いたのだ。私でも『死者からの手紙』は、さすがに驚く。


「…………」


 そもそも私、樹利亜じゅりあは元々家業を継いだだけだったのだが、その時代は今以上に『男尊女卑だんそんじょひ』の思想が根強かった。


 だから、正式に家業を継いだのは私の旦那である『永習さん』だった。でも、永習さんは……


樹利亜じゅりあさんは、ここをどうしたんですか?」


 そう尋ねてきたのだ。


 最初は、「なぜ、こんな事を?」という疑問を頭に浮かんだが、私は回答に困り、そのまま無言になってしまった。


「確かに、俺がこの家業を正式に受け継ぎましたけど……」


 そう前置きをすると、さらに言葉を続けた。


「でも俺は、言ってしまえば『余所者よそもの』ですから、出来ればずっとここで生まれ育った樹利亜じゅりあさんがどうしたのか……それを知りたいんです」

「……それを聞いて、どうされるのですか」


「そうですね。参考に……いえ、むしろ仕事の方向性を変えてみようかと……」

「なっ、何をおっしゃっているんですか! 今までの仕事を変えるだなんて……」


「まぁ、樹利亜じゅりあさんの言っている事も十分理解できます。だから、最初は小規模……今までの仕事の中の1つ……という事でおこないます。そして、もし上手くいったのであれば……」

「そちらの方に方向性を変えていく……という事ですか?」


 そう尋ねると、永習さんは無言で頷いた。


 確かに、永習さんの言っている事は……分かるが、必ずしも上手くいく……という決まりも当然ない。


「でも、やってみるのは悪くないと思うんです。女性は男性の後ろに居なければいけない……そういった考えを改めて、女性ならではの思想を活かすべきだと……俺は、そう思っているんです」


 永習さんは、固い決意の……強い眼差しを向けた。


 でも、それ以上に私は、『女性ならではの思想を……』と言った事に驚く。それは、この時代の男性にはあまり聞かれない言葉だったからだ。


 確かに、永習さん言った通り『女性だからこそ……』という仕事はたくさんある。


「……どうでしょうか、樹利亜じゅりあさん」


 不安そうに永習さんに尋ねられた私は「では、こういったのは……どうでしょう」と一つ提案してみた。


 それは昔から思っていた事だ。でも、まさかその提案を永習さんが採用してくれるとは思っていなかった。


 そして、私が提案したその仕事の会社の『社長』は永習さんになり、私はその副社長として携わる事になった。


 ちなみに私が提案したのは、自社で着物のデザインをし、実際に工房で染め、そして販売をする……といったモノだ。


 しかし、いざやってみようと思ってもなかなか上手くいくモノではないはずだ。


 いくら、永習えいしゅうさんに名前を借りて会社を立ち上げる事が出来たとしても、上手くいく……そんな保証はどこにもない。


 そもそも私は、会社の経理とかは分かるし、今までそういったことの手伝いをしてきた……。


 でも実は、着物の作成は……興味があって少し調べた程度で、私は……そこまで考えず、永習えいしゅうさんに提案したのだ。


「はぁ……」


 しかし、まさか、永習えいしゅうさんが二つ返事してくれるとは思ってなかった……とうっかり気を抜いてしまうと、本当につい、そんな言い訳じみた事を言いたくなってしまう。


「はっ!」


 でも、私はすぐに首を左右に振り、その考えを打ち消した。


「はぁ」


 目の前にある資料を見ながら、ため息をついた。それくらい問題は山積みだ。


「……ん?」


 そんな時、ふと私の目に留まったのは、ある『書物』だった。


「……まずは、行動……よね」


 そう小さく呟くと、私は早速その『書物』に書かれていた場所におもむこうと決めた。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「…………」


 私が訪れたのは、染め物で有名な土地で、もちろん、そこは私が今まで生活していたような場所とは違い、緑がとても豊かな場所だ。


 しかし、雪榮ゆきえさんのお父様はその土地で出会ったものの、実は『放浪ほうろうへき』があるらしく。ほとんど自宅に帰らない人だった。


 初めてご自宅を訪れた時の雪榮ゆきえさんのお母様の印象はは……正直、おもしろい人だと思った。


 いや、だって私と雪榮ゆきえのお父様と一緒にご自宅に言って出会った時の開口一番の言葉が「おかしいと思ったのよ。この人がここしばらく家にいるなんて……雪でも降るのかと思ったわよ」だったにだから。


 まぁ、紆余曲折うよきょくせつあったものの、着物のデザインをしてくれる……と言ってくれたのは、本当にありがたい。


 でも、雪榮ゆきえさんのお父様がやまいに倒れたのはここで仕事をしていた時だった……。

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