第8話 出会 であい


「あの……田村様は」

「えっ、先ほどまでこちらに……」


 私はそう言って辺りを見渡したが、ついさっきまでいたはずの男性の姿はない。


 今言われた『田村』は、この会社の着物の生地やデザインを管理の仕事をしている人物で、その人の苗字である。


 田村さんは、この時代の人にしては身長が高かったが、決して筋肉質ではなく、少し線が細い……そんな印象の人だった。


 現に、ちょっとでも重い物を持つと、すぐに息切れをしていたモノだ。


 一応、女性に重い物を持たせるのは……という気持ちはあったのだろうが、結局……少し移動したところで、疲れてしまい、たまたま近くを通った私も一緒に手伝う……といった事がつい最近あったばかりで……。


 いや、そういった類の話はかなりある。


 ちなみにこの日、田村さんは着物のデザインについての打ち合わせで、私の会社を訪れていた。


 この人が田村さんを探している理由は、その着物で使われる生地について聞きたい事があったからだろう。


「どっ、どうしましょう。出来れば今日中に発注してしまいたいのですが……」

「……そうよね。早く取り掛からないと、出来上がる目途も付かないわよね」


 着物を一着作るにはいつもかなり時間が掛かり、そしてその着物に使われる技術もまた、相当な熟練の技が必要だ。


 デザインが決まったのであれば、早く取り掛かりたいというこの人言っている事は、よく分かる。


「あっ、そういえば……」


 その時、私はちょっと前に「資料を見に行く」と田村さんが言っていたことを思い出した。


「そうですか。それでは、そちらの方をちょっと見てきます」

「ええ……」


 そして、その人は私に一礼すると、そのまま階段を下りて、たくさんの資料が置かれている場所へと向かって行った――。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「さて……」


 でも、私はこの時、全く思いもしなかった。まさか、そのまま……田村さんが亡くってしまうなんて……。


「…………」


 正直、私があの管理の人が立ち去ってすぐに戻ってきた時、てっきり「確認をしたものの、田村さんはいなかった」と言われるとばかり思っていた。


 しかし、戻って来たその人があまりにも慌てて言っている言葉すら支離滅裂しりめつれつだったため、すぐに何かが起きたと思い、資料室へと走った。


「田村さんっ!」


 急いで行くとそこには……胸を押さえて苦しそうに倒れている田村さんの姿があり、私はすぐに病院に連れて行く様に指示した。


 そして、田村さんは病院で手術を受けたが、手術後一度も目を覚ますことなく……そのまま亡くなってしまったのだ。


 あまりにも突然の出来事だった為、私たちは戸惑った。


 でも、どうやら田村さんは自分の体の変化に気が付いていたらしく、彼が使っていた部屋から大量のデザインの紙が出てきたことを覚えている。


 そして、その大量の紙のちょうど真ん中に『手紙』が挟まれていた事に気が付いた。


 私たちはその大量のデザインのおかげで、会社としては仕事に支障をきたす事なく、通常の業務を行うことが出来た。


 田村さんが亡くなった後。


 私は雪榮ゆきえさんのお母様に『手紙』を渡す……という事と、謝罪の為に会いに行った時、私は初めて雪榮ゆきえさんに出会ったのだった……。


「……お姉さん。だれ?」

「えっと、この辺りで『田村さん』っていう人の家を探しているんだけど、どこか知らないかな?」


 私は、ワザと用件だけその子にに尋ねた。


 すると、その子はそんな事をクルッと私に背を向け、私の前に建っている古い家を指した。


「ここだよ」

「……ありがとう」


 そう言うと、その子はニコッと笑っていたが、そんなにこやかな笑顔には不釣り合いな……草刈り用のカマを片手に持っていたのが、ちょっと気になる……と思いながらもその子が教えてくれた場所へと向かい、玄関をそっと叩いた。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「本当に……申し訳ございません」


 そう言って私は、大量のデザインの紙の中から見つけた『手紙』を差し出すと、その場で土下座をした。


「……もういいんですよ。樹利亜じゅりあさん」

「ですが!」


「あの人は、自分のやりたい事をやったんです。あなたが気に病むことはないと思います」


 私はこの時の雪榮ゆきえさんのお母様。香苗かなえさんの穏やかな笑顔を今でもよく覚えている。


「だから、もう謝らないで下さい」

「…………」


 ここまで言われてしまっては、私としてもこれ以上謝罪するのは、逆に失礼に思ってしまう。


 ただ下手な事を言ってしまうと、今以上に気まずい空気が流れてしまうだろう……。そんな状況に、私は思わず萎縮してしまっていた。


「ん?」


 そんな時、チラッと見た視線の先には、たくさんの『紙』が乗せられている机があった。


「ああ。あれは、私の娘が書いたものなんです」


 どうやら、私の視線の先にあるモノに気が付いた香苗かなえさんは、何事もない様に、サラッと私に向かって言った。


「えっ」

「ほら、さっきあなたが声をかけていた……」


「あっ」

「あの子が私の娘なんです」


 しかも、ついさっき会っていた……と聞かされると、私はさらに驚いた。


「でも、驚きました。お子さんがいらっしゃったなんて」

「ええ。だってあの時はまだ生まれていませんでしたし、あの人が自分に子供がいる……なんて事を言う様な人ではありませんから」


 確かに「そういう事は聞かれない限り、自分からは……」という人がいるのは、事実である。それも分からない……という訳ではない。


 でも、せめて会社の人にくらいは言ってくれても……と思ってしまう。


 しかし、田村さんは『ほうれんそう』がおろそかになることが多かった。


「正直……あの子には、まだあの人……主人についてあまり深く話したことはないんです。でも……」


 香苗かなえさんは、そう言いながら大量の紙の中から適当に一枚だけ取り出した。


「……コレは?」

「あの子が描いたものです」


「これを……ですか」

「ええ」


 そこには、まりの絵が……いや、正確には着物の絵の上に描かれている。つまり、この紙に描かれているのはれっきとした『着物のデザイン』だった……。

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