第5話 嫌悪 けんお


 ――――俺は「人間が嫌い」だ。


「男嫌いだとか、女嫌いは聞いたことがあるけど、さすがに人類全部は……」


 そう言いたい人も当然いるだろう。


 でも、人には「苦手」というモノをを通り越した「嫌い」というモノが存在する。それがたまたま俺は「人間」だっただけだ。


 もちろん。人間ということが決して『他人』を指している訳ではなく、自分自身も指している。


 だから俺は自分自身も嫌いだ。


 ただ、世の中で俺ただ一人がたとえ人間嫌いだったとしても、特に……どころか一切問題はない。


 ――――俺が生きていた時代。


 それは、ちょうど『武士』という存在がいなくなり、寺子屋も……風変わりをし、一部の人は、洋服に……なんて、そんな文化の移り変わりが、誰の目にも見えて変わり始めていた時だ。


 でも、それは『都会では……』という言葉が後に付く。


 つまり、この辺りの道端を歩いても、あるのは田んぼか畑ばかりでオシャレな建物なんてモノはそもそも存在しない。


 いるのは畑をせっせと耕す人や田んぼに苗を植える人ばかりで洋服なんて、洒落たモノを着ている人はいない。


 ただまぁ、こんな風景こそがここならでは風景である。


 こんな田舎に、オシャレな都会の文化が入ってくる……なんて、一体何年後になるのやら……。


「……まぁ、難しいな」


 それは、この田舎に住んでいる人たちの……いや、もっと的確に言うと、村にいる男性たちの話だ。


 ここら辺の男性たちは基本的に頑固で、寡黙で……頭でっかちな人が多い様に思う。


 そんな彼らが、そう簡単に今までの感覚を捨てて新しいモノを受け入れるという事自体……想像がつかない。


 俺はそんな田舎の……人が多い集落から少し離れた場所に『家族』と一緒に住んでいた。


 昔から俺は人たちと関わりたくなかったがために人に関わらないように、存在感を消して暮らしていたはずだ。


 しかし、なぜか俺は何かと目を付けられてしまう事が多い。


 だが俺も、けんかを売られれば、まぁ避けるか、最悪、買う。


 ――買った暁には、完膚なきまで……は冗談で一応適当にあしらっていたが、正直なところは……とにかく面倒くさい。


 そして、そんな目を付けられやすい俺と違い、兄さんは、色々な人から可愛がられていた様に思う。


 まぁ、当然だろう。


 でも、それに対して、俺はひがみなんてない。もちろん、兄さんが可愛がられるのは、『長男』ということもあるだろうし……。


 それくらいこの時代は、『長男』という立場だけで可愛がられたものだ。


 後、もう一つ理由があるとすれば……兄さんこそ両親の「本当の息子」だということだろうな。


 じゃあ「俺は?」と聞かれれば……まぁ、さながら『桃太郎』だろう。


 これは両親から聞いた話だが、俺は本当に、昔話の『桃太郎』の様に川から流れてきたらしい。


 ただ『桃太郎』と違うのは、俺が入っていたのが『桃』ではなく、『桶』だったという事くらいだ。


 しかし、俺が驚いたのは、その後の両親の行動だった。


 普通、そんなのは見なかったことにするのに、何を思ったのか、2人は流れてきた俺を見てすぐに拾い上げて、家に連れて帰ったのだ。


 そして、俺をここまで育てた。


 確か、あの頃は今まで以上に動乱の世の中だったから、子供を捨てるってことは、結構あった話らしいが……。


 つまり、俺は「育ての親」は知っていても、「生みの親」は知らないというわけだ。


「ふー」


 小さく息を吐いた俺の前には、昔ならではの木製の家があり、それが俺の家だ。


 でも、俺の目的の場所はここではなく、その隣にある家とほぼ同じような大きさの倉庫の様な場所が目的地だ。


 そう俺は基本的にほぼ毎日をここで過ごしている。


 俺の様な男兄弟は大体、兄弟同じ部屋が存在するらしいが、そういった部屋は、ほぼ兄さんの荷物であふれているのだから、俺のいる場所なんてない。


 それにこの倉庫に人が来ることはほぼ皆無だ。


 俺は、たまに来る暇人たちのやっかみ以外には特に問題もなく、普通の毎日を過ごしていた……はずだ。


 しかし、そんな生活は……ある日突然兄さんが、顔に傷を付けて帰って来たことによって、少し変わった。


 いや、生活自体は大きな変化はなかった。でも「何が変わったのか……」と聞かれればそれは多分、俺自身だろう。

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