7.夢上見花

第1話 追懐 ついかい


「……あれ……? 俺……」


 辺りを見渡しが、そこは『病院』や『診療所しんりょうじょ』なんて場所ではなく、全く見覚えのない『川辺かわべ』だった。


「喉、渇いた……」


 見渡す限り、この辺りは真っ暗闇……ではない。


 しかし、暗い事には暗い所を見ると、どうやら今夜は、偶然ぐうぜん満月がよく見えるらしく、いい明かりの役割を果たしている様だ。


 ただまぁ、この明かりがいいか、悪いか……は人それぞれだろうけどが……。


「…………」


 五感ごかんの内の『触覚しょっかく』だけは、どうやら上手く働いていない。


 だが、それ以外は問題なく働いている。そのおかげで何となく、色々な『臭い』混ざっている事が分かった。


 決して良い匂いではない。しかも、川辺でする匂いでも……ない。


 正直、手が動かせるのであれば、すぐにでも摘みたい気分だが、残念ながら感覚がないので、それは出来そうもない様だ。


 そして、耳をますと……。どうやら川は、俺のすぐ近くを……いや、俺の隣を流れている。


「……」


 なぜ……どうして俺が、こんな場所にいるのか……。


 それを考えた時、何かかたいモノが、川辺の石に当たったらしく、「カチャッ」という音が聞こえた。


 いまだに俺自身、体は動かせなかったが、首を動かすことは出来る。


「……あー、思い出した……」


 そこで、水面に少しだけ映った自分の姿を見て……ようやく思い出した。


「まぁ、とりあえず……どうにかしねぇと」


 口を開いて、どうやら話すことも問題なく出来る。しかし、動きたくても……全く動くこと……どころか、感覚もない。


 そうなると、残る選択肢せんたくしは『人を呼ぶ』くらいだろう。しかし、こんなところを偶然、人が通るとも思えない。


 ついでに、自身の恰好を見た限り……俺は、何か『戦い』に参加していた様だ。


 つまり、この何とも言えない『異臭いしゅう』も、『戦い』が原因……だろう。


 そうなると、俺が置かれている今の状況はたとえ人を呼ぶにしても、大声で呼ぶのは『得策とくさく』ではない。


「あら?」

「……っ!」


 突然聞こえた声に、俺は思わず目を見開いて驚き、唯一ゆいいつ動かせることが出来た『首』を動かし、その『声をかけた人』を探す……必要はなかった。


 なぜなら探すまでもなく、向こうから俺の方に近寄って、見下ろしていたからだ。


 見たところ、俺よりも年下の……『少女』に見えた。そして、黒く長い髪が特徴的とくちょうてきだ。


 ただ、その特徴的な黒い髪が長いせいで、俺の顔にかかりそうになっているのだが……と言ってやりたいが、女性にむかってそんな事を言うのは、失礼極まりない。


「あなた……こんなところで何をしているの?」

「……この状況を見て分かんねぇのか」


「分からないわね」

即答そくとうかよ」


「分からない事を分からないと言って何が悪いの?」

「…………」


 ――――間違ってはいない。むしろ正論せいろんだ。


 しかし、正論だと分かっていながら、俺はなぜか、納得出来なかったのは、多分この人の聞き方……というより言い方の問題だろう。


「あんたこそこんなところで何してんだ? あんたみてぇな『ガキ』が来る場所じゃねぇだろ」

「確かにそうね。でも……」


 なぜか少女は、一瞬笑顔になった。


「……?」


 確かに少女の顔は……笑顔だ。しかし、それが本当に笑った笑顔の様には感じられない。


 その笑顔は、少女がただ笑った……という感じではないが、どうにも言葉で言い表すのが難しい。だが、まぁ簡単に言うと……その表情は『怖い』の一言だった。


「とりあえず、あなたの怪我けがを治すことが先決せんけつね」

「……はっ?」


「あなたは、寝ていればいいから……じゃないわね。寝ていなさい」

「なっ、おっ……おい!」


 俺は、抵抗ていこうしたかったが、残念ながらそれは叶わず……。少女は、俺の目に手を当てた。


「大丈夫よ。痛いなんて事もないし、悪いようにはしないから……」

「そういう事を言ってんじゃねぇ!」


 そんな事を言うヤツが一番信用出来ない。あまり長く生きてはいないが、短い人生経験の中で学んだことの一つである。


 しかし、少女は、俺の言葉を待たずに、「うるさーい」と可愛らしく言い、気が付くと俺の意識は、再び遠のいていったのだった――――。


「ふふ。大丈夫よ。あなたにとっては予想出来ないことでも、決して悪い事はしないわ」


 満月まんげつ綺麗きれいな夜。そんな笑顔を浮かべた少女の言葉と川のせせらぎの音が……響いている――。


 俺と少女の出会いは、まぁこんな感じで……この出会いに前触れ何てモノは全くなく、本当に突然訪れたのだった……。

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