第9話 干渉 かんしょう


 まぁ、ブツブツ独り言を色々言ってはいたのだが、あの人は結局のところ、『蛍雪けいせつしずく』をもらって帰って行った――。


「はぁ……」


 その人が帰った後、少年はため息をつきながら机の上で突っ伏していた。それは、疲れからではない。


 いや、疲れはあった……がそんな事、今はどうでもいい話である。


 この場合どちらかというと「まさか、見られているとは……」というショックからくるモノだ。


「あら、今更自己嫌悪じこけんおしているのかしら?」

「うるせぇよ。大体、あんたが……」


「私が?」

「いや、なんでもねぇ」


 続きを言おうとして少年は、言葉を止めた。多分、言ったところで何も変わらない。と悟ったからだろう。


「それにしても、珍しいわね。あなたの勘が当たるなんて」


 少女は、思い出すように含み笑いでそう言った。


 多分、少女の言った「あなたの勘」と言うのは、先ほどまでいた人が「何か悩みでもあるのか?」と言った事に対してだろう。


「……俺だって当たることがあるんだよ」


 ムッとした顔で少年は、少女に言い返した。


「でも、あの人が『蛍雪けいせつしずく』に興味を持ったのは、偶然じゃないかも知れないわね」

「……はっ? なんでだよ」


 少年は、驚きの反応し横にいた少女の顔をチラッと見た。


「ふふふ、実はね。さっき聞いたのよ」

「何をだよ」


「あの人の名前と悩んでいた内容と、そのお相手のお話」

「はっ!?」


 その言葉に少年は、さっきまで突っ伏していた机から「バッ!」と体を勢いよく起こした。


「あら、そんなに驚くこと?」

「いやいや、あんたいつの間にそんな話をしてんだよ」


「品物を詰めている時にちょこっと……ね」

「何が、「ちょこっと……ね」だよ。あんたが、あまりそういった事には干渉かんしょうしねぇって言っていたのに、そんな事を自主的じしゅてきに聞くなよ」


 そう、実はこの『骨董店こっとうてん』は色々な『時代』を移動する。それは今いる時代の前だったり後だったり……色々なパターンが存在する。


 しかし、過去も未来も分かるという事には変わりない。そして、それが『過去』であるならば特に問題はないが、その逆の場合は……大問題である。


 未来から過去に戻った時に下手に干渉かんしょうする事はつまり、過去の人間に未来の事を教えるのはいわゆる『御法度ごはっと』のはずだ。


 いや、『御法度ごはっと』というより……そんな事をして未来を変えようものなら……最悪の場合、存在している人や物が消失してしまう事も十分ありうる話である。


 その事を少女から説明されて、納得した上で少年もあまりこの『骨董店こっとうてん』に訪れる人に干渉かんしょうしないようにしてきたのだ。


「だって、気になったのよ」

「いや、だからって……」


「…………」

「はぁ」


 少しふて腐れた表情で……いや、この表情は小さい子供が言っているようなニュアンスの方が近いだろう。つまり、ねているのだ。


「まぁ、それはそれとして、何か分かったんすか?」


 こうなっては、下手に感情的にけんか腰で話をしても無駄である。


 俺は「気になったのならそれそれで……という事でどうしようもない事ない」と『割り切る』という事をこの人と会話をする中で分かったことだ。


「ええ。あの人が……将来的に真里亜まりあちゃんのご先祖になるって事が分かったわ」

「……はっ?」


 しかし、たまにこういう風に予想外の回答をされる事がある。そのたびに少年は頓狂とんきょうな返事をしているのだった。


「うふふ」

「いや、笑われても全然分からねぇよ。どういう事だ?」


「真里亜ちゃんが『思ひ出箱』を持って来た話……知っているわよね?」

「ああ」


「それを買ったのは……真里亜まりあちゃんの祖母に当たる方だって言うことも?」


 少女は、「当然覚えているよね?」という顔で少年の顔色をうかがうようにチラッと見てきた。


「……あんたがそう言ったんだろ?」

「そうだったわね」


「あのなぁ」

「なに?」


「あんたは、もう少し他人に優しい……つーか、分かりやすい話し方をしてくれねぇか。話が全く見えねぇんだけど」

「そうは言われてもねぇ」


「はぁ……。まぁ、それはもういい。それで?」

「それでね……多分、それを買ったのは『蛍雪けいせつしずく』を買った人の娘さんだったんじゃないのかな? って私は思っていたのよ」


 少女の言葉を聞いた少年は「やっぱり、もう少し分かりやすい話し方をしてもらおう」と心の中でそう思ったが、ここはあえて黙っている方が懸命だろう。



「……そこまで言う根拠こんきょはなんだ?」

「えっ?」


「そこまで言うからには、何か根拠こんきょがあんだろ?」

「いえ? 特に『コレ』っていう根拠こんきょっていうほどでもないのよ」


 少年は、まるで問い詰めるように少女に視線を向けていたが、少女はその視線からワザと顔をそむけた。


「私が実際に会った時。彼女は何も言わなかった……いや、何か言っていたかも」

「ん? どうした?」


『私がいつ亡くなってもいい様に、いつまでも残るモノが欲しい……』


 少女の頭の中には、その言葉が過ぎった。だから少女は、少年にそれだけ言うと、何かを思い出すようにそのまま黙りこんだ。


「…………」

「まぁ、言いたくねぇ事を無理矢理むりやり言わせるようなマネはしねぇけど」


「ごめんなさい」

「いや、俺も悪かった。もう少し言い方があったな。それにしても……」


 そう謝り、今度は、何かが引かかったのか、考え込むように少年はあごに手をあてていた。


「??」


「いや? あんたの言うとおりだったとして……、なんでその人はその時に、何も言わなかったんだ? たらればで悪いが、何か疑問を言えば、もしかしたら何か分かったかも知れねぇだろ? それをなんでだ?」


「これも、ただの推測だけど……もしかしたら、彼女は『私に疑問を尋ねる』って事を『蛍雪けいせつしずく』に判断させたからなのかも知れないわね」


「えっと? それはつまり? その人があんたに『何かしらの疑問を尋ねる』っていう事をわざわざ『蛍雪けいせつしずく』に聞いたって事か?」

「ええ。あの時……今、思い出すとあの人。明らかに私を意識していた……何かを聞きたいっていう感じの視線だったわね」


 少年が、少女の言葉を分かりやすく自分の言葉に直し、自分なりに解釈かいしゃくしていると……今度は、その時を思い出すように、少女は小さく呟いた。


「あんたは、その視線に気づいていながら、無視していたのかよ」

「わざわざ自分から聞くにしても「何か?」とか「どうかされましたか?」とし聞きようがないでしょ?」


「まぁ、そうなんだけどよ。普通」

「私もそういう聞き方はしたわよ。でも、「なんでもありません」と言われたら……どうしようもないでしょ?」


 確かにそうである。立場は客と店員である。下手な言い方をして怒らせるのは、決して得策とくさくではない。


「それで、今思い返してみると、彼女がもしからしたら『蛍雪けいせつしずく』を持っていて、それを使ってそういうニュアンスの回答が出たのであれば……」

すじは通る……か。それに、あれは一回しか使えないからな」


 それ故に、使いどころが難しい。


 そのため、自分自身では、『人生の分岐点ぶんきてん』思っている場面で、使う人が大抵なのだが……この人は、どう考えてもその『人生の分岐点ぶんきてん』とは到底思えなかった。


「だとしても、なんでその人はわざわざそんな事を聞くために『蛍雪けいせつしずく』を使ったんだ?」

「……それは、私たちには分からないわ。優先順位ゆうせんじゅんいとか重要度なんて人によって様々よ。その人以外に決められないわ」


「そうだな。まぁ、結局それが良かったかとか、悪かったかなんて……」

「その時になってからじゃないと、分からないモノだからどうしようもないわね」


 彼女から見て、仮に『蛍雪けいせつしずく』に判断させたとして、結果的にそのどちらだったのかは分からない。


 だが、彼女『思ひ出箱』を購入し、それが真里亜まりあのお兄さんに渡り……真里亜まりあが『思ひ出箱』を持って現れた……という事実は変わらない。


 それが何を意味しているのかは、正直分からないが、彼女がこの人に何か言ったことによって、その未来が何か変わったのか……と聞かれても、それも分からない話である。


 ――――だからまぁ結局、何も分からない。


「なぁ、将来の事なんて分かんねぇのが普通だよな」

「あら、唐突とうとつね」


 少年は、ポツリとそう呟いた。そう、少女が言ったとおり、少年の言葉はまさに『唐突とうとつ』だ。


「いや、今の俺たちの存在ってさ。色々イレギュラーなんじゃねぇかなって思ってよ」

「それこそ、本当に今更ね。今までずっとそうだったじゃない」


「まぁ、本当に今更……って話だよな」

「……どうかしたの? 」


 少女は、可愛らしく首をかたむけた。少年は、「聞いていいのだろうか」という葛藤かっとうがあったのだろうか。


「……なぁ」


 少し黙り、そして、少年の中で決着がついたのだろう。少年は、何かを決心したように少女の顔を見た――。

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