第4話 一驚 いっきょう


「…………」


 少年が奥の部屋へと行ってしまった後。私は店内を何度か見て回っていたが……結局のところ、手持ち無沙汰になってしまった。


「どうしよう……」


 困ったものの今の私には待つことしか出来ない。だからこそ、何か持って来ていれば……という気持ちになる。


 だが、残念ながらそんなモノは持って来ていなかった。それに元々時間をつぶすつもりもなかった……。


「……あら、お客様ですか?」

「っ!!」


 突然声をかけられ、思わず私は肩をビクッとさせた。驚いている私の目の前に現れた少女の雰囲気ははどちらかといえば『和風』だ。


 しかし、少女は世間の女性たちには珍しく、髪を結っておらず、長い髪をサラッと流しており、しかも袴姿でブーツを履いていた。


「あの、どうかされましたか?」

「あっ、いえ。なんでもないです」


 チラッと入口の引き戸から外を見ると、もう日はかなり傾いていた。


「…………」


 こんな夕焼けを見ると、今でも『ひさ』と出会った日の事を思い出す。そう、とても綺麗な朱色の夕焼けだ――。


 しかし、今も昔も私は、『ひさ』に……頼りっぱなしだ。


「大丈夫ですか?」

「あっ、大丈夫です。すみません」


「そうですか?」

「すみません」


「いえいえ、それよりも……」

「はい?」


 少女は私がカバン代わりに持っていた巾着に入っていたチラッと見えていた一枚の『紙』が気になったらしい。


「お上手ですね。コレはあなたと……お友達ですか?」

「えっ? ああ」


 私は思わず驚いた。ともかく私は少女に促されその『紙』を見せた。その『紙』に描かれている『絵』にはどこにでもある風景の中に、女性が三人描かれている。


 しかし、私は一言もその女性が『自分の友達』とは言っていない。


 それなのにこの少女は……すぐに『友達』だと断言した。しかも、これを書いたのが「私」という事も言っていないのに……だ。


「えっと……」

「あら? 違いましたか?」


「……おーい。出来たぞ……って」


 少女の言葉に驚き、返事に困っているところで何も知らない少年は、『かんざし』に彫り物をする作業を終え、ゆっくりと奥の部屋から出てきた。


「……なんだ、あんたいたのか」

「あら、何? 帰って来たらダメだった?」


 一瞬。ムッと少女はしていたが、少年はそんな少女に気がついていないのか「別にいいけど」とぶっきらぼうに言い、私の方を見た。


「で? 俺が作業している間に何の話をしていたんだ? ……って」

「?」


「あっ、コレ、この子が書いたんですって」

「へっ、へぇ」


「あっ、後この女性はこの子とこの子のお友達ですって」

「そっ、そうなのか……」

「??」


 少女がそう言うと、少年はさらに驚いた顔になった。私はそれに違和感を覚えた。


 そう、それはまるで「誰か知り合いでも書いてあったのかな?」と言いたくなる様な驚き方だった。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「……あのっ!」

「……っ! あっ、悪い悪い。気にしないでくれ。あっと……コレな。とりあえず、ここに彫ったんだけど……これでいいか?」

「あっ、はい……」


 結局、少年に話を逸らされ、私は聞くタイミングを失ってしまった。


「…………」


 そして私は、少年に見せられた『かんざし』を見ながら彫られた部分を確認した。


「……」


 この『かんざし』は、黒い本体に申し訳ない程度の小さな花が付いている程度のモノだ。


 最初から見た時から感じていたが、この『かんざし』は、私が見たことのある『かんざし』中でも細い様に見える。


 だから、何かを彫ったところで光の加減で見えるというだけで、目立つ様な感じではなかった。


 私は、この『かんざしを久には普段使いにして欲しいと思っていた。だから、あまりに目立つモノは最初から避けたかった。


「どう? コレで大丈夫そう?」

「……そう、ですね」


「なんで、あんたが聞いてんだよ。彫ったのは俺だぞ」

「あら、いいじゃない。別に」


「……はぁ」


 諦めた様に少年はため息をついた。どうやら、こういったやりとりは日常茶飯事らしい。


「はい。お願いします」

「……じゃ、お会計だな。よろしく」


 私の返事を確認すると、少年は「分かった」という様に小さく頷き、隣にいた少女に『かんざし』を手渡した。


「はーい……っ、あら? この花……朝顔あさがおね。これ」

「えっ、この花。朝顔あさがおですか?」


「ええ。でも、わざわざこの花を選ぶって事は、とっても大事な方なんですね」

「?」


 確かに『ひさ』は大事な友達だ。


 しかし、私は少女の言葉に疑問を感じた。なぜなら私がこの『朝顔あさがおかんざし』を選んだのは単なる偶然だからだ。


「はい。とっても大事な友達ですが……」

「ほー、そんなに仲が良いのか」


「まぁ、他の子たちは別々の道を歩むかも知れないですけど、私たちが別れるなんて事は……ありえないと思っています」


「……そうか」


 私がそう言った瞬間。なぜか少年は、どこか寂しそうな。そんな悲しい顔をしている様に見えた。


「あっ、あの……」


「あなた。随分、そのお友達を大切にしているのね」

「あっ、はい」


「でも、あなたこれでいいの? そんなに大切なお友達に……って事なら、他にもたくさんあるのよ?」

「えっ、でも……」


 なぜか少女は、私の言葉を遮る様にそう言ってきた。


 確かにカゴの中にはたくさんの植物を模したモノが入っている。しかし、この『かんざし』に言葉を彫ってしまった状況では、「今更……」と言いたくなる状況だ。


「ん? 俺は別に構わねぇけど?」


 チラッと見た私に少年は気づいたらしく、そう言ってくれた。


「えっと、私は『コレ』が気に入ったので……」


 言葉少なく言った私に少女は小さく微笑みかけ「そっか」と言った。


「つーか、確認するっておかしいだろ」


 少年の言葉に少女は苦笑いをした。しかし、「まぁ、そうね」という顔をしている様に見えた。


「そうね……私も無粋だったわね。そうよね、気に入ったから買うんだものね。本当にごめんなさい」

「いっ、いえ。決して無粋だなんて」


 改まってそう言われると、逆にこちらも申し訳なくなってしまう。だから、丁寧に謝罪してくれた少女に私は逆に慌てた。


 そして少女は笑顔でリボンが付いた紙袋を私に差し出した。それを私は少しおどおどしながら受け取った。


「それにしても……」

「はい?」


「結構な時間になってしまったわね」

「あっ……」


 そう言いながら少女は窓の方を見た。一応、まだ日は落ちきっていない。しかし、『夕方』というには少し日が過ぎすぎている様に見える。


「さすがに、こんな遅い時間を女の子一人は危ないわよ」

「そうだな」


「なんならこの人に送らせるけど……」

「おい、俺はそんな事言ってねぇぞ」

「いっ、いえ。そんな事までしてもらう訳には……」


 心配そうに私を見ていた二人に慌ててそう言った。しかし、こんな夜と夕方の中途半端な時間が危ない……という事は分かっているつもりだ。


「でも、最近色々物騒みたいだし……」

「……らしいな」


 最近色々な事件が発生していた。その事件のほとんどは、盗みだったのだが、その中には……


「でも……私は『絶対』大丈夫です」


 こんな田舎娘に……。なんて、私はそんな思いから言った言葉だったが、少年は私の言葉を聞くと小さく呟いた。


「……自分はそうならない。いや、自分たちはそうならない。……そんな決まりはどこにもねぇよ」

「でも、被害を受けている人はほとんどが大人の女性で……しかも犯人はつい最近捕まっているはず……」


「ああ。確かに、犯人は捕まった」


 少年は私の言葉を肯定した。そう、実はこれらの事件は犯人が同一人物だった。しかし、その犯人もつい先日逮捕された。そして、取り調べ中だとそう新聞で読んで知っている。


「でしたら……」


「さっきの言葉といい、今の言葉といい。あんたは、自分が、他の人はそうでも自分は違う……。自分が特別で、例外だ。そう思っている節がある」

「そんな事は……」


 しかし、残念ながらその言葉を完全に否定する事は出来なかった。なぜなら、少年の言う通り今もさっきも言っていたからだ。


「…………」


「そんな事はしない。誰だって事件や事故を起こす可能性はある。人間は完璧じゃねぇんだ。だから、『絶対』や『ありえない』なんて、言葉は簡単に使うもんじゃねぇ」


「……まぁまぁ、少しは落ち着いたら? この子もそんなつもりで言った訳じゃないのだから」


 無言のまま事の成り行きを見ていた少女は、落ち着いた声で少年を諭した。少年も「すまん。熱くなり過ぎた……」と私に謝った。


「いえ、私も……すみません」

「まぁ、今日は大体の人は休日だからほとんどの人は家にいると思うけどよ」


 確かに少年の言う通り、私の様に大体の人は今日が休日だ。だからこの時間は大抵の場合は自宅にいる。しかし、だからこそ危ない。


 ただそんな事を言っても、この人たちにお世話になるのは気が引ける……。


 そう悩んでいた瞬間――――。


「あれ? 『さち』こんなところで何をしているの?」


 私の名前を呼ぶ聞き覚えのある声と、引き戸を引く音が私の耳に届いた。


「……えっ?」


「やっぱりさちだ~。こんなところで何をしているの?」

「えっ、なんで……ここに?」


 突然目の前に現れた『ひさ』に、自分の思考が一瞬制止した。


「ああ。ちょうど両親と買い物に行っていたの」

「へっ、へぇ……」


「あれ? 何か買ったの?」

「……あっ」


 しかし、ひさの言葉にすぐに我に返った私はサッと先ほどもらった『紙袋』を隠した。


「ううん。ちょっと気になったモノがあって、偶然入っただけだよ」

「あっ、そうなんだ。確かに珍しい造りだもんね。ここ」


「うっ、うん……」


 まだこの『紙袋』の中身を渡すには早い。それに、こんなところでバレるなんていう状況はかなり間抜けだ。


「うーん……? でも、今……何か隠した様に見えたけど? 」

「きっ、気のせいよ! あっ、じゃあ私、この人と一緒に帰ります」


 私は、慌ててひさ骨董店こっとうてんの引き戸の方までグイッと押した。


「えっ! ちょっ、ちょっと押……さないで……よ!」


 当然、久は突然私に押されて怒っていた。だが、少年と少女は……


「まぁ、その方がいいだろうな」

「気をつけてね」


 少女はニコッと笑顔でそう言い、少年は「なんつーか、慌ただしい奴だな」という雰囲気でそう言って送り出してくれた。


「あっ、じゃあ。ありがとうございましたー!」


 そう言って私とひさはお互い、少年と少女に向かって軽く会釈をして、すぐに骨董店こっとうてんの外へと出た――。

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