第3話 敬語 けいご


「うーん」


 しかし、興味本位で入ったとはいえ、あの素晴らしい外観の通り、品物のお値段はどれも決してお優しいモノではない。


 確かに「田舎娘の私が買えるようなモノがある……かな?」なんて、ちょっとした甘い期待をしてなくはなかったが……。まぁ、分かっていた事である。


 内心は納得しているつもりだった。しかし、なんだかんだ自分を納得させなら、贈り物になりそうな物を探している自分も……いた。


「……これ……なんだろう?」


 ふと『それ』は私の目に入った。


 目に入った『それ』は、小さなかごの中に入っていた。よく見るとたくさんあり、私はその中から一つ、手に取った。


「髪……飾り?」


 そのかごの外には、商品の名前と思われる『花簪はなかんざし』と漢字で書かれていた。


「……?」


 さらにかごのそばには、『花簪の紹介』をされている紙が手作り感たっぷりで置いてあった。しかも、その紙には「気になるあの人の気持ちも丸分かり!」とも書いてある。


「…………」


 それを見た私の気持ちは正直、「胡散臭うさんくさい」という言葉が似合う……と思ってしまった。


 ただ、書いてある商会の紙はともかく……。


 自分の手に持っている『かんざし』自体は、かなり良いモノだ。それは、パッと見ただけでもすぐに分かった。


「えっと『かんざし』って事は、コレは、花飾りかな……?」


 元々『かんざし』というモノは、そこまで派手なデザインのモノは少ない。基本的な使用目的は、髪をまとめる『モノ』だ。だから、基本的にシンプルなデザインが多い。


 そして、この『かんざし』には何か植物……いや、小さな花飾りが付いていた。


 もちろん、これの他にも植物をモチーフにしたモノがたくさん入っていたが、私は特に今、手にしているモノが気になった。


「……この『かんざし』はちょっと可愛い……かも」


 私は、その『かんざし』と自体に惹かれていた。しかし、それと同時にその胡散臭うさんくさい言葉に惹かれた。


 しかし、私の手に持っているモノは、見た目はただのちょっと飾りが付いている『かんざし』だ。


「でも、これで本当に分かるなら……」


 欲しい……と率直に思った。


 いやこれは多分、この『かんざし』を買わせる為、うたい文句みたいなモノだろう。つまり、嘘。普通ならいや、いつもの私ならそう思って買わない。


 ただ、本当に分かるのであれば、喉から手が出るほど欲しい人は私に限らず、ごまんといるはずだ。


 しかし、それならそれで『かんざし』として、本来の使い方をしてもらえばいいだけの話だ。だって『かんざし』そのものは、可愛らしく決して悪いモノではないのだから。


「この花、何だったかな?」


 見た覚え……あるはずだ。だけど、名前は分からない。


「……うーん」


 絶対に見た事があるはずだ。しかも、名前もよく聞いた事があるだ。しかし、それが何だったか……分からない。


「…………」

「おい」


「えっ?」

「それが気になんのか?」


 その簪を手に持ちながら考え込んでいた私を突然聞こえてきたその言葉は、すぐに現実の世界に私を引き戻した。


「…………」


 その幼いような……いや私と同い年くらいのその声は私の「上」から降ってきた。


「あー、こういう時は確か……いらっしゃいませ……って言うんだよな」

「……」


 その少年は、私のいる場所から見える階段にいた。


 ――この人、一体いつから?


 正直、私がこのお店に入った時には、確かに人がいる雰囲気はあった。しかし、私が感じたのは、別の場所で上の階に人がいる雰囲気はなかった。


 しかし、この少年は「ついさっきここに来ました」という雰囲気ではない。どちらかと言うと、「下に降りようと思ったけど、偶然お客が来ていて、商品を買いそうだから声をかけてみました」という感じだった。


「あの……あなたは?」

「ん? 俺か?」


「はい」

「あー、俺は……うん、そう! この店の息子……みたいなもんじゃね?」


「……えっ? みっ、みたいな……? じゃね?」


 その少年の聞き慣れない言葉遣いと、このお店の雰囲気に合っていない服装に私は一瞬、戸惑った。


 ただ、お店にいる時点で、このよく分からない少年がこのお店の関係者である事は確かだ。


 ちなみに、この時代に『アルバイト』という言葉はない。もし、いるとすれば、その人たちは『お手伝いさん』と呼ばれていた。いわゆる『家政婦』ならまだ分からなくもない。


 しかし、『お手伝いさん』は大体女性で、住み込みが普通である。住み込みでいるようには見えるが、この少年は少し違う立場のように思える。


「……」


 ふと先ほど少年が言った言葉を振り返ってみたが、どうやらこの少年は敬語とは無縁のようだ。


 それに、この少年はパッと見たところ、10代後半……に見えた。そうなると、私と同い年か、少し年上ということになる。


 ただ、この年代の少年でもここまで砕けた「……みたい」とか「……じゃね」などそういった言葉を使う人を私は、出会った事がない。


 だから、ここまで砕けた口調だと……こちらもあまり身構えなくて良さそうだ。


 でも、この少年が自分で「この骨董店こっとうてんの息子です」と言われても、私は正直、信じられないが……。


 なぜならこの少年は、この砕けた口調もさることながら、茶髪気味の髪に和服ではなく、洋服を着ていたから……。


 そして、その雰囲気は、このお店の『和風』という雰囲気よりもどちらかというと『洋風』だ。


 つまり、この骨董店こっとうてんの和風の雰囲気に、少年の洋風の雰囲気は合っているとは……私は正直、思えなかった。


「なぁ、だからその商品が気になるのか?」

「えっ?」


「その手に持っているモノだよ」

「あっ」


 少年にそう言われて、私はようやく気がついた。


「えと、ちょっ……ちょっと気になって」

「ふーん? あっ、そういえば……」


「えっ、何ですか?」

「確かそれ……」


 少年曰く、この『かんざし』は名前を彫ることが出来るらしい。


「まぁ、もちろん。買うか買わないかはあんたの勝手だし、必ず彫らないといけないって決まりもねぇんだけど……」

「へぇ……ですか」


 しかし、少年の言葉から察するに、買うか買わないかって事を今、決めて欲しいという事なのだろう。


「あー、メッセージにしてもいいぞ?」

「メッセージ?」


「あっ、それと彫った所で別途料金がかかるとかねぇから」

「あっ、無料なんですね」


 そんな私を見かねて、少年はそう言った。


 正直、『メッセージ』という言葉が何を意味しているのか分からなかったが、少年の言葉の内容から『短い単語か文章』の事だろうと推測した。


「まぁ、そういう事だ。それにあだ名は前にやった事もあるから、なんでもいいけどな」

「……」


 私も名前を彫られるくらいなら簡単な文字や文章の方がいい。それなら恥ずかしくはない。


 それに、売られている『かんざし』が無料で『世界に一つだけのかんざし』になるのなら、それはとても嬉しい話だった。


「……そういえば、あなたが彫るんですか?」

「そうだけど……わりぃか?」


 少年は「何か問題か?」と尋ねるように言った。


 私は意外に思った。この少年とは出会ったばかりだが、私には不器用そうに見えていたのだ。


 なんて失礼な事を思っていたが、そんな事を悟られないように首を左右に振りながら、行動で否定した。


「いえ……何でもないです」

「……今、かなり失礼な事を思っていなかったか?」


「いえいえ」

「……ふーん。あー、それで? 買うってことでいいのか?」


 少年は「最後の確認」とばかりに私に尋ねてきた。そう、ここで私が「買う」と答えれば、この『かんざし』の購入が決まる。



「ちょっ、ちょっと待ってください。えっ……と」


 一応、私の気持ちとしては「買いたい」気持ちだったのだが、実はまだ値段の確認をしていなかったのだ。


「コレ……お値段は……おいくらですか?」

「ん? ああ言ってなかったか?」


 確か『かんざし』の中でも、職人が作ったようなモノはとても私が購入出来そうなモノではない。


「えっと、確か……これくらいだったはず」


 そう言ってサラッと近くにあった紙に少年が書いた値段は、田舎娘の私でもちょっと頑張れば買えなくもない……そんな値段だった。


「この値段なら……買います」

「うん。了解。それで?」


「え?」

「何を書きたいんだ?」


「あっ、じゃあ……」

「……分かった」


 少年は私が言った言葉を先ほど値段の書かれた紙の上に『ある言葉』をササッと走り書きした。


 ただ当然、走り書きだから読みにくいとは思っていた。


 しかし、どうやら少年が書いたのは『走り書き』ではなく『殴り書き』だったらしく、私には少年の書いた文字が象形文字しょうけいもじ……いや、創作そうさく文字に見えた。


 多分。この人は外国の人……っていう訳じゃないとは思う。だけど、これは……。


 さっきからかなり失礼だとは思うが、少年の文字を見ながら内心ではそう思っていた。しかし、作業をする本人が理解していれば何の問題もない。


「よし。じゃあ、すぐ終わらせるから、ちょっと店内でも見て待っていてくれ」

「あっ、はい。分かりました。よろしくお願いします」


「おう」

「…………」


 少年は、軽く片手をあげ、そう言って奥の部屋へと作業をする為、そのまま奥へと入って行った。

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