第5話 会話 かいわ
この日。俺は突然学校に登校し、席につくなり『マドンナ』に呼び出された。しかも、俺に声をかけたのは……
ただ……呼び出しだけのはずなのに「なんでお前が呼ばれるんだよー! 綺麗な幼馴染もいるくせにー!」とかなり面倒くさい状態になっていたが……。
「うふふ。突然ごめんなさい」
「いえ、ところでどうかしたのですか?」
「あなたとちょっとお話をしたくてですね」
「…………」
俺は、マドンナのその言葉に思わず目を点にしてしまった。
本当に『それだけ』の理由で俺を呼んだのであれば、放課後でもよかったはずだ。しかも、俺に声をかけた
「単刀直入にお聞きしますが、あなたはさくらさんの事をどう思いますか?」
「えっ、ふっ普通に口うるさい女だと……」
一応言葉には気をつけていたはずなのだが……。その結果。俺は、かなり素直に思った事をそのままマドンナに伝えてしまっていた様に思う。
「……そうですか」
しかし、なぜかマドンナは俺の答えにどこか納得していないような顔をしていた。
「あなたは、どうもあまりご自分の気持ちに素直では……ないのですね」
「……そうですか?」
今の俺の言葉を聞いてまさかそんな言葉が返ってくるとは思ってもいなかった。
確かに、自分の気持ちを押し殺して生きている人もいるだろう。しかし、それに自分が該当しているとは思えなかった。
「いいえ、気がついていないのであれば、あまりお気になさらないで下さい。これは、余計な事だと思いますので」
「……?」
何を思ったのかマドンナは、俺の反応に何か悟った様にそう言って、優しく微笑んだ。しかしその理由を聞く前にマドンナに、すぐに話題を変えられてしまった。
「話は逸れますが、あなたのその眼鏡はつい最近購入されたモノですか?」
「? そうですけど」
「そうですか……」
「?」
聞いた割には何も言わず、ただ口ごもり、不自然に俺から視線を逸らしたマドンナに、俺は若干の違和感を覚えた。
「あの……何か?」
「いえ、ですが。これに度は入っていない様ですね」
「ええ、まぁ」
しかしマドンナは、すぐに顔を俺に戻し、眼鏡を一目見るとすぐにそう言った。しかし、この眼鏡を見てすぐに『度が入っている』という事を見抜かれたのは初めてだ。
「それにしても……
「うふふ」
「なんですか、いきなり笑って」
「いいえ、まさかそこまで身構えるとは思っていなかったもので」
「…………」
「これでも私、よく人を見ているつもりですよ? 」
思い返してみると入学式が終わったくらいのタイミングで、さくらも「人間観察が趣味の友人が出来た」って言っていたのを思い出した。
それに、さくらのクラスは『特別進学コース』だ。
俺がいる『進学コース』とは違い、あいつのクラスは入学当初から一つしかない。そのため、学年が上がってもそのまま持ち上がりになる。
つまり、コース変更や留年・転校でもない限りクラスメイトが変わる……なんて事はほぼありえない。
でも、あいつが言っていた『友人』は、この人だったとは思っていなかった。
ただそれなら「俺の話をよく聞いていた」や「あなたの幼馴染みと仲良くさせてもらっています」の言葉の意味も今ならよく分かる。
「…………」
「先ほどは余計だ。と思って言いませんでしたが、やはりあなたは、もう少し自分の気持ちに素直になってもよろしいと思います」
何も言わず無言の俺に、マドンナはさっき自分で言った言葉を訂正した。
「……それはさっきも言いましたけど、俺は結構素直だと思いますよ」
「……そうですか。まだお気づきではありませんか」
「えっ……」
「ですが、さくらさんの友人として一言」
「なんでしょう」
「あまり気づくのが遅いと取り返しの付かない事になりますよ」
「えっ? それはどういう……」
「うふふ。それはあなた自身が気づかなければ意味がない事ですよ。それでは、ごきげんよう」
意味が分からずその場で立ち尽くしているとマドンナは小さく笑い、手を小さくひらひらと振り帰って行った。俺は、そんなマドンナの後ろ姿をただ黙って見送っていた。
「一体……なんだったんだ?」
俺の意見も聞かず、言いたい事を言って去って行ったマドンナに思わず呆気に取られていた。
『あまり気づくのが遅いと取り返しの付かない事になりますよ』
ただ、この言葉の真意が全く分からず。その言葉だけが頭に残っていた。
「…………」
いくら『観察眼』が鋭いと言ってもさすがに、これから起きるだろう出来事……つまり、『未来』の事までは分からないはずだ。
ただそのはずなのに、あの人が言うと『そうなる』のはもう決まっている様に思えてしまうのがとても不思議である。
それがマドンナの持っている雰囲気だから……と言われてしまえば、それまでではあるのだが……。
「はぁ」
そんな色々な思いを抱えながら教室に戻ると、俺はすぐに広まった噂話に悪乗りした旭とクラスメイトに「手荒い洗礼」を受けた。
しかし俺としては「いや、俺はただ話を聞いていただけだ!」と言いたい気分だ。
だが、そんな俺の言葉は無視され「洗礼」というよりむしろ、「パシリ」を一日中。いや、旭たちの部活が始まるまでさせられたのだった……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「はぁ……」
ようやく放課後なんとか無事にクラスメイトたちの「パシリ」から解放され、俺は机に突っ伏していた。
「…………」
そんな俺をさくらは、無言のまま俺の教室に入って来て見下ろしていた。
「なんだ、もう風邪は大丈夫なのか?」
「まぁお陰様で、
「……はっ? 何が?」
「……分からないならいい」
それだけ言うとさくらは、あごで俺を『ある場所』に行く様に指図した。
「なんだよ、わざわざこんな場所に呼んで」
「……もうその眼鏡、かけて欲しく……ない」
そして、俺が言われた場所に着くと、そこは生徒がほとんど通らない……いや、教師も通らないから誰も通らない『倉庫』の裏だった。
「……はっ?」
あまりの驚きに俺は文字通り「その場で固まって」いた。しかし、言った張本人は顔を伏せた。
「なんでだ? さくらがかけろ……って言ったんだろ?」
「そう……だけど」
「じゃあ、なんでそんなこと言うんだよ」
「それは……」
しかし、よく今までの「女子と会話をしていた事」や「告白」の件に対して、こいつが何も言ってこなかった事が正直、不思議だった。
当然俺からそういった話は一切していない。つーかする理由もない。だけど、どこからかそういった話は聞いているはずだ。
でも、今回は訳が違うのだろう。それは相手が『自分の友人の「マドンナ」が自分の知らない所で俺と二人きりで話をしていたから』という事だからだろうか。
ただ、さくらの言い方から察するに、俺の知らない所でもっと別の『大きな噂』がたってしまっているのかも知れない。
しかし俺としては、このさくらの「都合が悪くなったから」と言っている様な言い方が、どうしても気に食わなかった。
「今までずっと黙っていたけどよ。いつもいつもお前はうるせぇんだよ!」
「えっ」
「お前は俺の母親かっ!? いつそんな事をしてくれって頼んだ!?」
「……」
だから俺は、思わず強めにそう言ってしまっていた。だが、その時の俺は自分が何を言ったのか……。それすら覚えていない。
ただ突然の大声にさくらの驚きの表情は……どんどん怯えていった。
「はぁはぁ……。もう、俺の事は放っておいてくれ」
「そっ……そうだよね。私……いつも、ごめんね……」
そう言ってさくらが泣きそうな顔で俺を見た瞬間。そこでようやく俺は、自分が言った言葉を理解した。
「……ごめんね」
そして、さくらは、顔を伏せたまま気まずそうに俺を見ることなく……走り去ってしまった。
「……っ!」
いつもの俺なら、すぐに追いかけていたはずだ。
それは大抵の場合、俺が悪いからだ。しかし、今回、俺は悪くない。心の底からそう言えた。だからこの時、俺は初めてさくらを追いかけなかった。
しかし、さくらが去った後。俺はなぜか心にひっかかったトゲの様な……そんな気持ちになった。
いや、本当は『マドンナ』と話をしてからおかしいと感じていた。でも、今のあいつと話している間中、そのトゲはずっと深く刺さっている様に感じ……とても痛かった。
ただ、まさか『これ』があいつと俺が最後に交わした会話になるとは――――全く思ってもいなかった。
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