第4話 美人 びじん


「はぁ、何してんだろ……俺」


 俺は一つ。大きなため息と、誰にも聞こえない小さな呟きをしながらカバンのチャックを勢いよく閉めた。


 実はこの日。テスト中に突然倒れ、強制的に早退させられてしまったさくらの荷物を俺が代わりに撮りに来ていたのだ。


「……あら? あなた、そこで何をしているの?」

「えっ」


 その瞬間、女性生徒の声が聞こえた。ふと振り返ってみると……そこには一人の女子生徒が立っていた。


「…………」


 この人は……確か『学校のマドンナ』って呼ばれている人だった様な? しかし、ここまで分かりやすい美人の表現も珍しい様に思う。


 もちろん、容姿が『美人』というのもあるだろう。しかし、黒髪が真っすぐに伸び、白い肌はなんとも『神々しい』いや、『神聖』とも言えそうな雰囲気も感じられる。


 ただこう見ると、『マドンナ』っていう言葉はこの神々しい雰囲気にはあまり合っていない様に思われた。


 しかし、俺の勝手ではあるが『マドンナ』という言葉はなんとなく『セクシー』というイメージを持っている。いやむしろ、真逆な『清楚せいそさ』を感じる。


 それこそ、今がトレンドの『ルーズソックス』を履いたり「おい、それ何センチメートルある?」と聞きたくなるほどの『厚底ブーツ』を履いたりしている訳なんて当然なく、肌を真っ黒に焼いたりもしていない。


「あっ、すみません。こいつの荷物を頼まれたんで……すぐに帰ります」


 ただ俺自身、この人に声をかけられただけでも、自分の話し方がかなり早口になってしまうほど舞い上がっていた。


 しかし、ここまでの『完璧超人』がなんで、こんな学校にいるか……と思ってしまうほどだ。


「あなた……もしかして広幸さん……ですか? 」

「えっ、なっ……なんで俺の名前を……」


 正直、俺がこの人とはほぼほぼ初対面だ。それなのになぜ俺を知っているのか分からない。


「私。さくらさんと、仲良くさせてもらっております。それで、あなたの話をよく聞いておりまして……今度私の家にお二人をご招待しようと思っていたのですけど……さくらさんから聞いていませんか?」

「…………」


 そういえば……。この間の帰り道の時、それっぽい事を言っていた様な……。つーか幼なじみというか、腐れ縁なだけなんだけど……と俺は内心思っていた。


「……しかし、随分と仲が良ろしいんですね。わざわざ荷物を頼むとは……」


 大きいカバンを二つ肩にかけている姿を見ると、マドンナは少しおかしそうに笑った。


「あー、これはさくらの母親に頼まれただけで」

「あら、そうだったのですね」


「まぁ、あいつと俺の両親は昔から仲が良いんで、俺たちも自然と昔から一緒にいるのが普通だった……って感じで、俺に頼むのもまぁ、普通だと思っているんだと思います」


 ちょっと変わった事があったとすれば……俺自身、最近なんだかんだ女子と喋る機会が『勝手』に増えたくらいだ。


 しかし、なぜか俺は冷や汗をかいていた。もちろん雨が降って、湿度が上がったから……というわけでも当然無い。


「でしたらお分かりですか? さくらさんがなぜ、今回のテストを無理矢理全部受けた理由を?」


「理由……ですか?」


 ただまぁさくらが無理をしたなんとなく『理由』は分かる。しかもそれは、俺が『テストしか』まともに受けない理由でもある。


「あー、あるとすれば……それは多分、俺が中学時代に親が決めた『条件』のせいだと思います」

「条件……ですか?」


「はい。ですが、かなりしょーもないですよ」

「へぇ」


 返事を聞く限りマドンナは俺の話にかなり興味がおありの様子だ。……どうやらマドンナは、他の人が思う以上に『普通の女子高生』だった。


 それにしても、人の噂とかイメージって案外あてにならない様だ。


「……まぁ、ざっくり言うと俺とあいつが点数対決をするんです」

「というと?」


「俺が勝ったら好きなモノを買ってやると……」


 要するに、俺がさくらにテストの点で絶対勝てないと親は分かっていたのだろう。しかも、『テストのみ』限定にしてくるあたりかなり腹が立つ。


「そうですか。それでさくらさんは無茶をしたのですね?」

「そうだと思います。あいつ、かなり負けず嫌いで分かりづらいですが、プライドも高いんで」


「ふふ……なるほど」

「……」


 たださくらの事だから多分、受けなければ0点だけど、受けて何かしら書けば点がもらえるって考えたんだろう。


 その考えは分かる。確かに可能性が0でなければそれに賭けたい気持ちも分かる。それは確かに立派ではある。


 しかし、それで周りに迷惑をかけるのはあまり褒められた事ではない。


「あっ! そろそろ帰らないと!」


「? 何を慌てていらっしゃるのですか?」

「電車ですよ。今日は雨が降った時はいつも自転車は置いて電車で帰っているんです」


「あら、そうだったのですか。それでしたら、私の迎えの車に乗って帰ればいいではないですか。それに、そんなに大荷物の人をそのまま帰せないですよ」

「えっいや、ですが」


「ちょうど迎えの車も来たようですし、この雨の中大変ではありませんか。ですので、一緒に帰りましょ? あっ、もちろん無理に……とは言いませんが」

「あっ、いや……」


 マドンナはどうやら可愛らしい雰囲気で言っている。ただその言葉の裏側には、「一緒に帰りますよね?」と言っている。


 要するに俺に決定権など無い……いや、有無を言わせないらしい。


 それに、俺の荷物は良いとしても、この雨の中。さくらの荷物をぬらすのも……頼まれた身としては正直、申し訳がたたない。


「じゃあ……」


 それに、拒否すらできない状況でもある。だからまぁ、俺はとりあえずマドンナのお言葉に甘える事にした。


 だが、校門の前に来ていた『マドンナ』曰く『お迎えの車』のとんでもない大きさに驚き、そして、車の中で出来る限り傷や汚れを付けないように俺は自分の体を出来る限り小さし、縮こまっていたのは……言うまでもない――。

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