第8話 意味 いみ
「はぁ……」
ため息交じりに見た窓の外には、もうすぐ花が咲きそうだった……。
そう『さくら』と同じ名前の花が咲き乱れ、風が吹けば綺麗に舞う。そして、こいつの好きな季節が来る。
ちょうど病院から見えた木を見ながら、そんなことを思った。
今日も俺はいつもの様に荷物を持って来ただけだが、その際にふと見た木には、枝の先に小さなつぼみを付いている。
「はぁ……」
しかし……それだけ季節を過ぎても、視線を向けた彼女は目を覚ます気配がない。正直、もうそろそろ起きてもいいと思うほどだ。
いや、本当は何をする事も出来ない……そんな自分がとても情けなかった。
「そんなにため息ばかりですと、幸せを
「えっ」
その声は、俺のため息に答える様に聞こえた。その声に俺は聞き覚えがあった。
驚きながらも視線を扉の方に向けるとそこには……海外留学に行っているはずの『マドンナ』の姿があった。
「なん……で」
「なんで? と聞かれましても、休みを利用して戻って来ました。としか言いようがありませんが?」
「……えっ」
「ちょうど今は休みなんですよ。今通っている学校は」
病室に入って来たマドンナは、俺が今置かれている状況がイマイチ理解出来ていないと感じたらしく、もう一度ゆっくりと分かりやすく言い直した。
「そっ、そうなんですか」
「はい。それに私の家は元々、高校に入学はせず中学を卒業したら、そのまま海外に行く事になっているんです」
「へっ、へぇ」
「
マドンナはそう言いながら、珍しくイライラしている様に見えた。だが、俺はあまりに自分とは住む世界が違う……。そんな事を感じていた。しかし、そんな時ふと疑問が頭を過った。
「それなら尚更……早く海外に行くものなんじゃ……」
「そう……ですね。ですが! 私はふと思ったのです。高校の制服は、今この時しか着られないと!」
続きを言おうとした俺の言葉を遮る様に、マドンナは手をグッと力強く握り、大きな声で宣言する様に言った。
「はっ……はぁ、あの一応病院なので、少しボリュームを下げてもらえませんか? 後……ちっ、近いです……」
「あっ、ごめんなさい?」
あまりにも近い顔におののいた。それに、マドンナがそこまで気持ちを入れて言うほど『制服』に思い入れがあるとは驚きだ。
でも確かに言われてみれば、海外で『学生服』のイメージはない。しかし正直なところ、俺がマドンナの立場だったら、そのまま高校入学と同時に海外に行っていただろう。
「じゃあなんで、二年のあんな中途半端な時期に行ったのですか?」
そんな俺の素朴な疑問にマドンナは少し困った様な顔になった。
「……本当は一年だけだったのですが、さくらさんと毎日学校生活を送っている内に、もう少し、学校にいたいと思いまして」
マドンナは、ちょっと笑いながらさくらの顔を見ていた。
「……なぜ?」
「私は、今まで『友人』と呼べる気さくに話せる相手がいなかったんです。でも、さくらさんは私に対して『普通の友人』として『対等』に接してくれた。私は、それが……うれしかったんです」
その頃の事を思い出しているのか、マドンナが小さく笑いながら、俺の方を見て楽しそうに言った。
「話過ぎましたね……。それでは私はそろそろ」
マドンナは「さくらの顔を一目見ることが出来てよかった」と俺に告げて扉の方へと歩いて行った。
「……あっ、あの!」
「? なんでしょう?」
でも、俺は『肝心な事』を聞いていない事に気が付き、マドンナを呼び止めた。
「あなたは……全部知っていたんですか?」
「……いえ。私も正直、あそこまで事が起きるとは思っていませんでした。私が思った『取り返しの付かない事』は、『さくらさんとあなたが別れる事』そう思っていたので」
つまり、マドンナはさくらが『事故に巻き込まれる』とか、そういった事全て分かっていたって訳ではなかったらしい。
「そう……ですか」
そう思うと少しホッとしていた。ただでさえ『普通』と呼ばれる存在からかけ離れているのに、さらに『預言』まで出来てしまうと、彼女に対してこんな接し方でいいのか?と感じてしまうからだ。
「…………」
「ところで、あなたがかけているその眼鏡なのですが」
考え込んでいた俺に、ふとマドンナは声をかけた。
「これがどうかしたんすか?」
「それを買った時、何か言われませんでしたか?」
「はっ?」
「…………」
あまりに唐突だったため、思わず目が点になってしまったが、考え直してみると……実は思い当る節はあった。
それは、あの『
ただ、なぜマドンナに言われる今まで忘れていた。でも、肝心の何を言われたのか……それが思い出せなかった。
「もし、何か思い当るのであれば、それが何かヒントになるかも知れませんね」
そう俺に優しく微笑むと、マドンナはそのまま病室を出て行ってしまった。
「…………」
少し考え込んでいた俺はあのマドンナと二人で話をしていた時と同じ様に、無言のままマドンナが去って行った扉の方を見る事しか出来なかった。
――結局、その日1日中考えていたが、思い出すことは出来なかった。
そして、今度は日でも月でもなく、季節をまたいでいき……過ぎ去っていった。それでも、さくらが目を覚ますことはなかった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ずっとマドンナと最後に会話をした『言葉の引っ掛かり』を考えながら日々を過ごし、俺は高校を卒業して、大学生になっていた。
「ん……? そういえば」
大学生になった今でも、あの時言った少女の『言葉』を考えていた。そして、ふと初めて訪れた時、さくらがカメラ持っていた事を思い出した様に俺は、引き出しから写真を取り出した。
その『カメラ』はさくらが事故に遭った日に通学用カバンの中に入っていたらしい。そして、何を思ったのかさくらの両親は、そのカメラの写真を現像し、俺に渡してきた。
「……よし」
実は、もう一度あの『
しかし、あのお店は……いや、それどころかあのお店のあった場所は建物すら何もないただの空き地になっていた。
「……?」
取り出した写真は、なぜか……『真っ白』だった。
最初はカバーを付けっぱなしにしたのだろう……と思った。しかし、それなら『真っ黒』になるはずである。
もしくは、
「……ん?」
しかし、たった1枚『だけ』普通に写っているモノがあった。いや、正確に言えば、『真っ白い背景』に写っている……
「そういえば確か……」
俺は、あの時の状況を思い出した。
確かあの時……俺は偶然この眼鏡を見つけた……。そして、そこに書かれていたのは……そう、この『眼鏡の商品名』だったはずだ。
「そうか!」
俺はその『商品名』を思い出すと、すぐに机に向かい、ずっと前から使っている使い古した国語辞典を開いた。
「えっと、『
昔は授業などで使っていたが、今はあまり使う機会もなく、時間がかかると思っていたが、お探しの単語は案外、簡単に見つかった。
「なるほど……」
さくらは、ずっといるもの……。
俺は勝手にそう思っていたのだろう。そして、そんな俺に気づいた少女は、気づいてもらおうと、ストレートではなく、わざわざあんな回りくどい言い方をしたのだろう。
「つまり……この眼鏡はその先入観をなくす……?」
そんな憶測が頭を過った。ただ、それにはなんとなく覚えがあった。例えばそれは「勉強」と「女子の反応」だ。どちらとも俺がこの眼鏡をかけてから変化した事だ。
どちらも『先入観』があったから妨げになっていて、それがなくなった事によってここまで変わった……という事になるのだろう。
正直、確信に至るまでの明確な根拠はない。そして、それら全てがこの『
「でももし、それが本当だとしたら……」
全ての話の中心にある『色眼鏡』をチラッと見た。そして、思い浮かんだ一か八か……その『可能性』にかけてみる事にした――――。
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