第7話 理解 りかい
さくらが事故に遭って数日が経過したある日。俺と母は『集中治療室』から『普通病室』に移動した後、さくらの元を訪れていた。
「でも、あまり外傷がなかったのが唯一の救いね」
「えっ……」
「女の子ですもの、顔に傷でも残ったら大変よ?」
「そう、だね」
唯一の救い……。
「違う……」
こいつ。いや、さくらの覚めない寝顔を見ながら言った自分の母の言葉を小さな声で否定した。
「えっ、何か違うの?」
「いや、何でもない……」
もちろん。女の子の顔に少しでも傷が残ったら大変だ。それは、本人もかなり悲しむ。だから、母の言葉は間違いではない。でも、俺は否定したかった。
たとえ深い傷が残ったとしても、気にしない。俺は……ただ目を覚ましてほしい。話がしたい。声を聞きたい……。
自分でもそんな気持ちになる日が来るとは正直、思っていなかった。でも、俺の頭の中では、そんな気持ちがぐるぐると渦巻いていた。
そして、いつの間にか『日』ではなく『月』をまたいでいた。それに教室の黒板に書かれた日付を見てようやく気が付いた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
暑い夏も終わり、落ち葉が色づき始めた頃……
「あっ、
「ん?」
「プリントまだ提出していないの、
「あっ、悪ぃ。後で出しに行くわ。サンキュー」
「
どうやらさきほどの会話を聞いていた
「その気持ち悪い台詞とウインクを止めろ。
「あはは。悪い悪い。それにしても、さすがにお前の眼鏡姿にも慣れたな」
「あー、もう5ヶ月は経っているからな。さすがに慣れてもらわねぇとな」
以前は俺を敬遠していた女子たちも、最近では気さくに声をかけるようになっていた。最初は戸惑っていたが、今では何事もなく平然と会話が出来ていた。
そして、学校の成績もみるみる伸び、教師たちに怒られる。なんていうのも、もはや過去の話となっていた。
「移動教室ついでに出しに行くか」
「おっ、じゃあ一緒に行こうぜ」
「…………」
「どうかしたのか?」
俺が難しい顔をしていたからだろう。
「いや、そういえば最近、マドンナを見ないな……と思ってさ」
「…………」
「なんだ?」
今度は、
「
「はっ? 何が?」
「マドンナ、先週から海外に留学したんだぞ?」
「えっ」
「えっ、って
「知らねぇよ」
多分、今更知らない奴がいるなんて……とでも思っていたのだろう。
「学校じゃ、色々変な噂で持ち切りだったんだぞ……」
「はっ? 噂?」
その単語を聞いて俺はピクッと反応した。しかし、
「まぁでも、お前はそれどころじゃなかったもんな。大丈夫なのか? さくらさん」
「まぁ……な。ところでなんだ? 噂って?」
俺は
「ああ。実は……」
「でも実際のところ、ただの噂であって、本当の理由は俺たち庶民には分からない事だろうけどな」
「……そうだな」
教室に着くなり、俺は小さくため息をついた。そんな俺に旭は「これだけの移動で疲れたのか?」と笑って俺の背中をバシバシ叩き、俺は思いっきり
◆ ◆ ◆
「あら、こんにちは」
病室に入る俺の姿を見るなり看護師さんは、優しくあいさつをしてくれた。
「こんにちは」
当然、俺もあいさつを返した。今ではこの病棟の看護師の人とは、ほぼ顔なじみになっていた。
「毎日、大変そうですね」
「いえ、もう日課……と言いますか」
「あらあら、もうすっかり生活の一部になっていますね」
ちなみに、俺は仕事で忙しいさくらの両親に変わり、日常品などが入った合宿などで使う様な大きな旅行カバンを持って来ていたのだ。
「……そうか」
マドンナが『あなたは、もう少し自分の気持ちに素直になってもよろしいと思います』と何度も俺に言ったのは、もちろん『何か』理由があるとは分かっていた。
多分、マドンナは……あの人は、俺に『この事』を知らせたかったのかも知れない。
もう自分でも分かっているはずなのに、なぜ認めない。全員分かっているのに、もどかし過ぎる……と言いたかったのだろう。
そう思うと、何か心に引っかかっていたトゲとの原因が分かった気がした。
目が覚めるまで……いや、目が覚めても、いつでも会いに来る。でも、目が覚めたら、真っ先に伝えたい事がある。だから、早く目を覚まして欲しかった。
なんて思いながら、未だ目を覚まさない『眠り姫』を見た。さくらがいつ目覚めるか分からない。
それにしても、事故に遭う前の最後の会話がまさか……
「あれじゃあな……」
最後の会話を思い出した。何度見ても目を覚まさないさくらの顔は、昨日と何も変わらない。しかし、最後の会話が、「眼鏡をかけて欲しくない」だった。
普通、こういった事が起きるのは付き合っているカップルの喧嘩、とか一方的な別れ話……とかのはずだ。
俺は、最近見たドラマで似たようなシーンがあった事を思い出した。しかし、そういった喧嘩の内容は極めて重要なモノが多いはずだ……と思う。
しかし、俺たちの場合はその会話が『眼鏡』だ。しかも、俺たちは付き合ってすらいない。
今、思い出しても俺たちの会話の内容は重要でも何もなく、本当にしょうもない。
それになにより、なんとも締まらない話。でも、それが……何とも俺たちらしい。そう思えてしまった……。
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