第5話 疑念 ぎねん


 次の日の朝というか、時刻はもう昼になっていた。そんな時間に私は、突然鳴ったインターフォンに怪訝けげんな表情で玄関に近づいた。


「……つーか、頭痛い」


 そもそも今日は昨日飲み過ぎ、二日酔い気味になっていたため、ゆっくりと過ごしたかった。


 しかし、私は基本的によく外出をして家を空けてしまう事が多いため、この時間帯に『人が来る』のはかなり珍しい。


 二日酔いで頭痛と戦いながら玄関口げんかんぐちでインターフォンを鳴らした相手を確認すると……。


「えっ、鈴子すずこっ?!」


 その相手を見ると、思わず驚いてしまった。今、インターフォンを鳴らしたのは……私の上京した際に出来た友人の『鈴子すずこ』だった。


「ちょっと! いるんでしょ! 開けなさいよ!」


 しかし、鈴子すずこは玄関を叩いて私を名前を呼んだ。


「いっ、今開ける! ちょっと待って!」


 理由はともかく、とりあえず玄関を開けることが先決だと感じ、私は自分の恰好も気にせず、すぐに玄関を開けた……。


「はぁ、全く……」

「ごめん。今日は休みだったから」


「それは知っている。聞いていたし、だから一応ポケベルにも連絡入れたけど、それも気づかなかったのね」

「うっ、ごめん。でも、なんで?」


 そもそも鈴子すずことは大体休みの前日だった時、連絡を取り合って飲みに行く事もある。


 しかし、お互い休みの日に何か予定を入れる場合、基本的に前日までに予定を立てる。だから、当日にいきなり来る……ということは今までなかった。


「……実はね。今日、ついさっきまで買い物をしていたのよ」

「? うん。いいんじゃない?」


 鈴子すずこの趣味は『おしゃれ』だ。


 だから大体、休日は雑誌などで目星を付けたお店にショッピングに出かけ、休日の大半をその買い物に時間をついやす。


「その時に、あなたの彼氏……を見たの」

「えっ!?」


 鈴子すずこの言葉に思わず驚いてしまった。


 そう、今日は確か「大事な用があって会えない」という連絡が彼からあった日だ。しかし、大事な用事のためにそこにいたという可能性も否定できない……。


「しかも、知らない女性の人と……」

「!!」


 そう納得しようと思っていたタイミングで、鈴子すずこはさらに言いにくそうに付け加えた。


「もちろん、人違いかもって最初は思ったんだけど、前にあなたから見せてもらった写真に、あまりにも似すぎていたから……」

「なるほど……でも、よく見つけたわね」


 鈴子すずこの言葉に私は思わず疑問に抱いた。そう「なぜ彼女はたった1度だけ見せた写真で『私の彼氏』をよく見つけられたのか……」と。


「えっ、えっと実は……」

「?」


 言いにくそうに鈴子は『とある写真』を見せた。


「……何? コレ」

「ごっ、ごめん。悪いとは思ったんだけど……」


 そう言って見せた『写真』は以前、鈴子に見せたことのある彼氏の写真だった。


「どっ、どういう事?」

「えっと、それはあなたから見せてもらった写真を私がいつも持っている使い捨てカメラで写し直したモノで」


「……要するに元々あった写真を全く別のカメラで写し直したって事?」

「うん……。あっ、あなたの事が心配で……ごめんなさい」


「ごめんなさいって……」


 しかし、鈴子のお節介は今に始まった事じゃない。いや、普通の人であれば怒るところかも知れない。


 でも、今までも鈴子の『お節介』はあった。だから、どちらかと言えば……『あきれ』という感情の方が正しかったかも知れない。


「はぁ、まぁいいよ。私を心配して……っていつもの事でしょ? でも、今度はちゃんと言ってよね」

「あっ、うん。本当にごめん……」


「それで、彼の姿を見て……なんでわざわざ来てくれたの?」

「うん。それで……一番いいのは、あなたに確認してもらう事かなって思って来たのよ」


 私は、昨日、美紀ちゃんが言っていたこ事があまりにタイミングよく重なっているからそう思ってしまったのだろう。


 しかし、会っている相手が、ただの友人でそれがただ『女性』というだけの可能性もある。


 ただ、いつも彼が逐一ちくいち、私に「誰と遊ぶと……」言ってくる。でも、今回はその『いつも』がなかった。


 だから、言われなかった事実にうろたえてしまっていたのだろう。


「まだ、そう決まった訳じゃないわ」

「でも」


「とりあえず、自分の目で見た方がいいと思うわ。憶測おくそくだけでモノを言うのは、説得力もないし、彼氏に失礼だから」


 あまりのショックな気持ちでうなだれそうになっていた私に、鈴子は優しくそう言ってくれた。


 その時になり、私はようやくショックな気持ちよりも腹立たしい気持ちが上回ってきた。


「……そうだね」


 小さく鈴子の言葉に肯定すると、私は適当に服を着替え、上着を手に取り、そのまま鈴子についていく形で現場に直行した。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「うわぁ……。休日ってこんなに人がいるのね」

「何をいまさら」


 私の言葉に今度は鈴子が呆れていた。


 そう、完全に忘れてしまっていたが今日は『休日』だ。


 つまり、街は人でごった返していた。あちこち見渡しても、家族連れに友人、恋人……もちろん一人で歩いている人もいる。


 でも、これだけ人が多ければ見間違いもありえる。しかし、鈴子は「絶対間違いない!」と自信満々だった。


「あっ! あそこよ」


 興奮気味に言った鈴子に圧倒されながらも、私は促されるまま、友人の指した方向を見た……。


「えっ……、どこ?」


 しかし、パッと見ただけではどこにいるのか分からない。いや、もっと言えば鈴子が指した方を見ても……正直、分からない。


「だから! 今あのお店を横切ったあの2人よ!」


 私の反応に、鈴子はじれったそうに手前のお店を通り過ぎた男女二人を指した。


「…………」


 そこまで言われてようやく、鈴子がどこを指していたのか理解した。そして確かに、その男性は彼だった。


 私の彼氏は、最近よくちまたで言われている男性を選ぶ基準になっている『三高さんこう』という言葉。


 この言葉は「身長が高い・収入が高い・学歴が高い(つまり、高学歴)」を意味しているのだが、私の彼氏は『三高さんこう』ではないと思う。どちらかと言えば『三普通』だ。


 これは、私が適当に作った言葉である。


 要するに私は、彼は全て普通だと思っている。しかも、まだ彼は就職していない。


 でも、そんな彼が『浮気』している。昔の彼を未だに重ねてしまうことがある私は、この状況にかなり驚いている。


 鈴子は、そんな私を知ってか知らずか「証拠になるから!!」と興奮気味に使い捨てカメラのシャッターを切っていた。


 通常であればその場に言いに言ったり、最悪は殴り込みの様な感じで手を挙げてしまったりするものだろう。


 しかし―――。


「……帰る」

「えっ……なっ、なんで?」


「…………」

「文句言いに来たんじゃないの?」


 私はもう一度、無言のまま見た二人をもう見た。


 その姿を見ていると……女性は、私の彼の腕を引っ張る形で仲良さそうに歩いていた。そんな楽しそうな姿を目にしてしまうと……


 とてもその場で文句を言いに行って、その空気を壊す……。なんて事をする気にはならなかった。


 鈴子も私の意気消沈とした表情に、何を言えばいいのか、どう接すればいいのか……分からない様子だった。


「えっと、大丈夫?」


 それでも、そう言ってくれただけで本当に嬉しかった。


 でも正直、鈴子もこの状況にどうしようと思っただろう。しかし、私も自分でどうしたらいいのか分からなかった――。


「私……大丈夫かな」


 しかし、そんな鈴子の優しい心遣こころづかいがあっても私の心は晴れる事はなかった。


 でも、私は自分のことでありながら他人事ひとごとの様に思ってしまうほど、私の気持ちは暗い海の底に沈んでいるかのように暗かった。

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