第8話 理由 わけ


「……一体、なんだったんだろう?」

「なかなか可愛いらしい彼氏さんじゃないですか」


 後輩はなぜか、少しニヤッと意地の悪そうな顔で笑いながら言った。まぁ大方、私が顔を赤らめながら照れる姿でも見たかったのだろう。


「そう? まぁ、そうね……うん。そうでしょ」

「……案外サラッと言うんですね」


 しかし、残念ながら私も『大人』である。この程度では照れない。もし、これが彼であれば、真っ赤になっていただろう。


「でも、私の方が年上なんだけどね」

「先輩がそうやって年上って言う割には、敬語じゃなかった気がするんですけど……」


「ああ、それはその喋り方に慣れちゃったんですって」

「へぇ」


 後輩の的確な指摘に、私は思い出す様に言った。


 確かに周りから見れば、年上相手に生意気と思われるかもしれない。しかし、彼も私もお互い慣れてしまったし、特に問題はない。


「まぁ今更、敬語を使われると気持ち悪く感じちゃうかもしれないわね」

「気持ち悪いって」


 後輩は苦笑いをしていた。


 しかし、私は決して冗談で言ったわけではない。いつもの喋り方と違えば違和感を覚えるのは当然だろう。


「でも昔はもっと可愛かったのよ? まぁ、今も可愛い所あるけどね」

「……盛大なお惚気のろけありがとうございます」


「あら、でもあなたも人のこと言えないんじゃない?」

「まぁ、そうですね」


 今度は、私が意地の悪そうな顔で聞き返した。しかし、後輩もなかなか手ごわいらしく、全く照れもせず、サラッと私の言葉を聞き流した。 


「でも、先輩の苗字みょうじが変わるのも、そう遠くない話になりそうですね」

「えっ?」


 後輩は病室を出て行き、すっかり見えなくなった彼の方向を見ながらボソッと呟いた。


「いえ、こっちの話です」


 取りつくろう様に小さく笑った後輩に、私は疑問を感じていた。


「あっ、そういえば、あなた仕事は?」

「先輩……。まだ寝ぼけているんですか?」


「えっ?」


 そう言われて自分の腕時計で、この時初めて時計を見た。


「なっ……」


 時間は夕方でもなく、ましてや午前でもない。下手をすれば日付が変わってしまう所だった。


「あっ、それとこれは伝言なんですけど」

「?」


「先輩がお説教されていた件なんですけど」

「うん」


「係長が、部長からありがたーく、とーっても長いお説教をもらいました」

「えっ? どういうこと?」


「えっと……ですね。先輩に商品の発注をするように言った係長が、間違えた数を先輩に伝えたみたいです」

「?」


 どうやら、私に発注をする様言った係長が最初から間違えた桁で私に依頼したらしい。


 当然、私はその指示に従って発注した為、ミスにつながってしまったらしい。


「でも、私は確認したのに……」

「おかしいと思っていたんですよ」


「えっ?」

「だって先輩、あまりにもいつもと数が違うからって、わざわざ確認しに行って。しかも、その通りにやってなんでそうなるだ。って、さすがに私たちもおかしい……って文句言いに行ったんです」


 腕を組みながら美紀ちゃんはそう言った。その顔は、あまりの理不尽さに若干怒っている様にも見えた。


 しかし後輩たちは、どうやら係長たちに怒られている私を見て、不自然さを覚えたらしい。


 つまり、私が聞いたあの言葉は決して悪口ではなかったのだ。


「でも、よくそんな文句が通ったわね」

「えっ? 何がですか?」


「だって普通は、ミスなんて怒られて何とかして、終わり……でしょ?わざわざ文句を言いに行く必要なんて、ないじゃない」

「…………」


 私は、ずっと思っていたことをそのまま後輩にぶつけた。


 そう、言ってしまえばそのまま放っておけばいい話だ。しかし、後輩は少し寂しそうな顔をした。

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