第7話 病院 びょういん
「……おい!」
私は『誰かの』声で目を覚まし、ボーっとそのまま周辺を見渡した。
しかし、すぐに寝ぼけていた目はさえた。なぜならそこにはつい先日、浮気を目撃した『彼の姿』があったからである。
「……何の用」
私は、まだ少し
「何の用? じゃねぇよ。お前こそ何してんだよ」
「はっ?」
そんな言い方をされると私もイラッとする。いや、そもそもここに彼氏がいる時点でおかしい話である。
でも確か、私は……自分の部屋着替えも化粧も落とさず、そのまま自分の部屋で睡魔に襲われた。
そして、私は死ぬんだ……と『死』を覚悟した。
「……えっ? ここは?」
「お前、本当に分かっていないのか?」
そんな私に、彼は若干呆れ気味で
「えっ?」
「はぁ、病院だよ。ここは!」
ため息交じりに彼はそう言った。
彼の言う通り確かに、見覚えのない真っ白い部屋ではあったが、特徴的なカーテンとカーテンレールも分かりやすく指した。
そこで、私はようやく今、自分がいる場所が『病院』だと理解した。
「でも、なんで?」
「ああ、それは……」
「廊下は走らないでください!」
「……ん?」
私の疑問に、彼が答える様とした瞬間……廊下が突然騒がしくなった。
「先輩!」
「えっ! なんで?」
「よかった! はぁ、もうこのまま目が覚めないかと……」
私の言葉なんて全く聞こえていないのか、その人は私の顔を見るとパッと笑顔になった。
泣きそうな声で「先輩」と言って駆け寄ってきたのは、隣のデスクの……後輩だった。
「えっ? どういうこと……?」
「先輩、何も知らないんですか?」
「何も知らない……というか」
私の記憶は、ただ自分の部屋で寝ていた……というところで止まっている。
しかし、今までの話で少しずつ状況が分かって来た……と思っていたが、後輩の登場でさらに状況が分からなくなり、ただただ驚くしかなかった。
「はぁ。お前は会社で突然倒れたんだと……」
ただ何を思ったのか後輩を私から引きはがしながら彼は、ため息交じりに説明してくれた。
「えっ……」
「えっと先輩、会社で怒られたじゃないですか」
「えっ、ええ……」
「実はその後、心配になって休憩室に行ったんです」
「えっ……」
「あまりにも、先輩。疲れていたから……」
「そっ、そう」
しかし、あの時の記憶を辿ったが、私は後輩に会った記憶は一切ない。
「そしたら、先輩倒れているんですもん」
「ちょっ、ちょっと待って。私、会社を早退したんじゃ……」
「何を言っているんですか!」
ただまぁ、突然倒れて、病院に担ぎ込まれた人間が「会社を早退した」とそんな的外れな事を言っているだから、怒って当然だろう。
「でも……」
私は確か、水でいっぱいになりそうな『水玉』を見て『ストレス』からの「死への恐怖」に怯えていたはずだ。
しかし、あの時の出来事は夢にしてはあまりにもリアルだ。それに、自分がさっきまで部屋にいた時の事を鮮明に思い出せる。
「…………」
確かに、それも疑問だが、それと同時に他にも色々な疑問も込み上がる。
そう例えば、なぜ浮気をしていた彼が何事もなかったかのように、平然とここにいる理由とか……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「…………」
「全く」
「…………」
「なんでお前はいつも全部抱え込もうとするんだ?」
そう言って彼は、黙っている私に対しため息をついた。
「……私の心配より、もう一人の彼女の心配をしたら?」
「はっ? もう一人の彼女?」
彼は「何のことだ?」と不思議そうに首を傾げていた。
「……しらばっくれないで!」
私は、バンッっと机を思いっきり叩いた。
その衝撃で証拠として撮った写真をポケットに入っていた手帳から出した。元々は捨てるつもりだった。
しかし、捨てることが出来ずにいた。
「あの、病院では静かに」
後輩は、そんな私に注意をした。
でも、今の私はそんな注意を聞くほどの余裕はない。それは、
「…………」
「何も言えないのね」
私が興奮気味にそう言うと彼は、「はぁ……」と小さくため息をついた。
「……それは姉さんだ」
「えっ?」
「まさか、見られていたとは思っていなかったけど」
「えっ、だって、お姉さんって……」
しかし実は、あまり彼のお姉さんと会ったことがない。それは、別に嫌われている訳ではない。
「今ちょうど仕事の関係で『日本』に来ているんだよ」
そう、彼のお姉さんは高校卒業後、すぐに結婚した。
しかも、そのお相手はどこで知り合ったのか、『外国の人』だった。そして、今は海外に住んでいる。
だがごくたまに、その旦那さんの仕事の関係で日本に来る事があったので、偶然会う事があった程度だったのだ。
「でも、なんで? わざわざお姉さんの買い物に付き合ったの?」
私も、そんな時たまに買い物に誘われたことがあった。
しかし、彼は「お姉さんと歩いているところを学校の奴らに見られたくない」とかで言っていつも断って……というか全力で逃げていた。
「はぁ……。俺だって本当は嫌だったけど、姉さんに半ば無理やり連れだされた。それに……」
「…………」
「この写真をもっとよく見ろ。どう見ても腕引っ張られているだろ」
「んー?」
そう言われて私と後輩は、写真をもう一度よく見た。
「あっ……」
「本当……ですね」
確かに、写真には彼と嫌がる彼の腕を必死に引っ張る女性の姿があった。しかし、よく見ると……。
「それにしても、よく似ているわね」
「そうですね。さすが姉弟……」
そう感心してしまう程、彼とお姉さんはかなり似ていた。
ただそれに、全然気が付かなかったところを考えると、相当あの時ショックを受けていたのだろう。
「似ている……って言われても、全くうれしくねぇ」
私たちの言葉を吐き捨てる様に彼は言った……どうやら、本当に嫌らしい。
「でも、わざわざお姉さんと私に内緒で何を買ったの?」
「……こんなところで渡す『モノ』じゃねぇよ」
「はっ?」
彼はボソッとワザと聞こえない様に言った。
「……俺の就職が決まってから渡す」
「えっ? 就職試験受けるところ、決めたの?」
でも、彼はさっき言った言葉を言い直すことはなく、上手く話題を変え、私の興味を「就職」に移した。
「ああ、やっぱりあんたの言う通り公務員を目指すことにした」
「えっ」
彼の言葉に驚いたのは私ではなく、後輩だった。そう、公務員はこの当時「バカがなる仕事」と言われている職業だったのだ。
しかし、私は紙の諭吉さんが大量に飛び交っている今、この状況がずっと続くとは正直、思っていない。いつかは終わりが来ると思っている。
そんな将来を見越して彼に提案をした事は確かにあった。
「でも、なんで」
「……とりあえず、安定させるのが大前提だと思っただけだ」
「いや、でも……」
「とりあえずお前は早く退院しろ……。話はそれからだ」
私の様子を窺っていた彼だったが、最終的にぶっきらぼうになっていた。
「えっ、うん」
「じゃあ、お大事に」
「あっ、ありがとう」
「はぁ……」
お礼を言った私に対し、彼はなぜかため息をついていた。
しかし、それはどこかホッとしている様にも見えた。そして、彼は誰にも聞こえないほど小さく『何か』をボソボソ呟いて病室を出て行った。
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