第2話 水玉 みずたま


「…………」


 私は、店内に入ってすぐ「思っていたのと違うな」と感じた。


 なぜならこういった『骨董店こっとうてん』という場所は普通、掛け軸や茶碗、洋風なモノは本当に少ない絵画などが点々と並んでいるモノだと思っていたからだ。


 しかし、この『蜻蛉とんぼ』ではそういった掛け軸の様なモノは見当たらず、代わりにあったモノといえば……茶碗とか眼鏡などなど……全体的に雑貨系が多い印象だった。


「ん?」


 店内をじっくり見て回ってみると、ふと私の目に『あるモノ』が留まった。


「…………」


 ――それは、透明な『球体』だった。


 しかしコレをよく見ても、コレには『値札』もなければ『商品の説明』どころか『商品名』すら書いていない。


「うーん」


 コレを見た限り「商品じゃないのかな?」と思ってしまう。それに商品でもない物を手に取るには、正直気が引ける。しかし、どれだけ見てもコレはただの丸い『球体』にしか見えない。


「それは『水玉みずたま』っていう商品ですよ」

「えっ?」


 突然、まだ成人していない感じの『若い……いや、幼い可愛らしい声』が私の真横から聞こえた。


「いらっしゃいませ♪ こちらの商品が気になりますか?」

「っ!!」


 あまりの驚きで思わず一瞬、体をビクッとさせたが、少女を見るとすぐに気を取り直した。


「どっ、どうかされましたか?」

「いっ、いえ……」


 声をかけてきたのは、十四、五歳くらいの黒髪の少女だった。


 私に「いらっしゃいませ」と声をかけたところを見ると……この子は多分、このお店の娘さんだろう。


 しかし、この少女の人懐っこそうな雰囲気は、このお店の和風で物静かな雰囲気には、正直合っていない。


「えっ、えっと……はい」

「そうなんですか」


「ところであの、『水玉みずたま』っていうのは、これの名前なの?」

「そうですね」


 少女の返事を聞くと、私は「へー」と言いながらそれを手に取った。


「あっ、手に取ると……」

「えっ? うわっ!」


 少女が私に対し何か言う前に、私はその『水玉みずたま』を手に取った。その瞬間――。


「えっ? うわっ!」


 突然『水玉みずたま』の中から『透明な水』の様なモノが現れ、すごい勢いで流れ始めた。


「えっ? えっ!」


 私は、突如現れた『水』に「えっ、もしかして壊れた!?」と思い、慌てた。しかし、普通こういった状況になれば、誰でも驚くだろう。


「あのっ、とっ、突然! 水がっ!」

「遅くなってすみません。そうなんです。この『水玉みずたま』は『ある条件』で、この玉の中に水が出るんです」


「あっ、そうなの……」


 少女は、慌てる私に冷静に説明してくれた。その冷静な対応に「壊れた」という事が分かり、私も冷静になった。


「……って、もしかしてそれだけ?」


 いや、私は「それ以上にもっと早く言って欲しかった……」と感じたが、こんな年端としはもいない可愛い少女にこんな愚痴ぐちを言うのも格好が悪い。


「はい」

「…………」


 このお店にいる少女がそう言うのなら、その他に何もないのだろう。


「元々コレは、インテリア雑貨みたいなモノですから」

「そっ、そう」


 何事もなく言われたその言葉に私は一瞬、戸惑った。


 その『インテリア雑貨』という言葉は洋風なイメージだ。しかし、ここは洋風とは真逆に位置するはずの純和風な『骨董店こっとうてん』のはずだ。だから正直、その二つの言葉もイメージが違い過ぎている。


 ただそれを聞いても、私はこの『水玉みずたま』が気になった。


「……これ、買おうかな」

「本当ですか! ありがとうございます!」


 私がそう小さく呟くと、少女はパッと可愛らしい笑顔を見せた。


「……ところでこれ、おいくら?」


 この少女が言う通り『インテリア雑貨』なら、そこまで高くはない。


 なんて気持ちがない……と言えば正直嘘になるが、とりあえず尋ねると……少女は近くにあった電卓……ではなく、そろばんを出した。


「えっと……」

「えっ」


「ちょっと待ってくださいね」

「えっ、ええ……」


 正直、電卓が普通になっていた世の中で『そろばん』を見る機会もなんてめっきり減っていた。そんな私の視線を、気に止めず少女は「パチパチ」とそろばんを弾いた。


「えっと、じゃあ特別に一割引させてもらいますね」

「えっ、いいの?」


「いいんですよ。あっそれで、お値段はこちらになります」

「えっ」


 少女に提示された金額を見て、私は一瞬固まった。


「これ……が? この値段?」

「はい」


 それは、思わず再度確認したほどである。なぜならその金額は、私が買ったことがあるモノの中でも、一、二を争うほどの高額だったのだから……。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


 今でも私の周りの人たちは、業績も給与もうなぎ上りだ。そして私も最近もらっている給料を見る限り多少は、その恩恵を受けている様に思う。


 しかし最近の新社会人は、金融業やサービス業の様な華やかな業界に人気が集中している。


 そのせいか、他の業界の人たちは人材集めのために色々躍起になっている。そんなことをよく聞くようになっている。


 だからこそ、私の会社も新入社員の初任給を上げる動きが出ているのだろう。でも、いつどんなことが起きても大丈夫なように……と、私はいつも一応ある程度の額は持っている。


 だから、基本的にお金はいつも割り増しに持ち歩いている。


「えっと、じゃあこれで……」

「ありがとうございます!」


 いつもの習慣のおかげだろうか。提示された金額も一応持ってはいた。


 だから金額だけの話であれば何も問題はない。そこで私は財布からお金を取り出し、少女に渡した。


 少女は「確認させていただきますね」と一通り確認をすると、満面の笑みで受け取った。


「……ねぇ」


「はい?」

「もし、この『水玉みずたま』の水がいっぱいになったらどうなるの?」


「えっ?」


 私は、『水玉みずたま』の特徴を聞いた瞬間そんなことを思った。当然、これはその時芽生えた好奇心だ。しかし、少女は少し残念そうな顔をした。


「えっと、実は……」


 少女は、なぜか言いにくそうにうつむいた。


「…………」

「じゃあ、その時のお楽しみ。ということね?」


 私は、俯いた少女に優しくそう言った。すると少女は、少し困ったような顔で私を見ると、「そうですね」と小さく笑った。


「このまま持って帰ると危ないので、何か袋に入れますね」

「ありがとう」


 少女は、この『水玉』を少し大きめの紙袋に入れ、そのまま私に手渡した。


 そして、私はそれを受け取ると笑顔で手を振って、そのまま骨董店こっとうてん蜻蛉とんぼ』を後にした。

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