第3話 姉(兄)

 色々と衝撃的な入学式を終え、放課後となった。三島先生は去り際に、

「あっそうだ。明日から1泊2日のオリエンテーションがあるぞー。これ、オリテのしおり。ほいじゃ解散」

 と、重要な連絡事項をついでのように言った。適当な先生だなぁ。これからの1年間ちょっと不安だ。しおりとして配付されたのはたった1枚のプリントで、内容も非常に大雑把なものだった。…大丈夫かなこの学校。

「おーし放課後だ!咲、ちょっくらぶらぶらしてこうよ」

「私もいくいくー!このまま帰るのもあれだしねー」

 シズとショーが僕の席までやってくる。教室を見渡すと、あの美歌さん、ではなく美歌くん(男だとはわかっていてとあまりくん付けは似合わないけど)はもう帰ってしまったようだ。時間があれば、少しお話したかったけどな…。って何で僕はあの人のこと気になっているんだろう。

「で、あんたはどうするー?一緒に来る?」

「悪いがボクは野暮用があってね。遠慮させていただくよ。では、オリエンテーションまでしばしの別れを」

 そう言って涼は教室から出ていった。

「大人びたっつーか、斜に構えたつーか、独特の話し方する奴だね」

「小学生高学年でドイツ哲学あたりにかぶれてそー」

「あーなんかわかるかも!Es ist gutが口癖になってそう」

 本人がいないからって、散々な言い様だ。それにその言葉はカントの死に際の言葉じゃないかな。確かに充実した人生を物語るいい言葉だとは思うけどさ。

「おし!じゃあ行きますか!」

「ぶらぶらするにしたって、いくあてがあるの?」

 僕はシズに質問した。

「とりあえず、校内散策でもしようよ。普通クラスのみんなで見て回るような企画があると思うんだけど、何かそういうのないっぽいしさ」

 まあ、僕らもう高校生だし。流石にそういうのは卒業だろう。

「じゃあ校内散策へレッツゴー!」

 こうして僕ら3人は校内散策に出発したのである。


 厩橋高校はそんなに大きくもない、ごく普通の高校なので、特別見るものもなく、すぐに校内散策が終わってしまいそうだ。

 3年生の教室に差し掛かる。雰囲気は女子高そのものだけど、これみんな女装した男子高校生なんだよなぁ…。

「おや?君たちは新入生のようだが、ここで何してるんだ?…ってお前、大橋将じゃないか」

「げぇ!清先輩!!何でここに!?」

 高身長ですらっとしていて、黒髪のキリッとした、大和撫子という感じの人が声をかけてきた。男なんだから大和撫子っていうのもおかしいけど。どうやらショーの知り合いのようだけど。

「何でって私は厩橋高校の生徒で3年で、しかもここは私のクラスの前だからだ」

 目の前の3年生は呆れながらそう言った。

「あの…もしかしてショーの知り合いでしょうか?」

 おずおずと僕は彼女(彼)に質問をする。

「知り合いも何も、小学校も中学も一緒だったからな。おっと申し遅れた、私は東郷 きよしと言う。この学校の生徒会長を務めさせてもらっている」

 軽く自己紹介をして、生徒会長は続ける。

「将には昔から散々手を焼かされてな。地元では有名な悪ガキさ。まさか厩橋高校に入学してくるとはな」

「いやーそれほどでもー」

 誉められてないよ、ショー。

「それにそっちは高木静だな。名前に反して非常に騒がしいと悪名高いぞ。まさかこんな問題児が2人もいるとは、先が思いやられる」

「いやーそれほどでも!」

 だからシズ、誉められてないって。というか2人とも悪い意味で有名人過ぎない?

「それで、そんな奴らとつるんでる君は何者だ?」

 生徒会長の鋭い眼光が僕を捉える。僕まで同類に見られてる!?

「ふっふっふっ。この子は私たちのリーダーでー」

「そのカリスマ性で1日にして新入生を掌握した女!」

 僕は女じゃない!…女装はしてるけど…。

「ほう?」

 生徒会長の顔が一層険しくなる。2人とも悪乗りはやめて!初日から生徒会長に目をつけらるとか冗談じゃない。

「あの…えっと…」

 恐怖と緊張から僕が言い淀んでいると、

「私の妹に手を出すのはやめてくれないかな」

 と、後ろから聞き覚えのある声がした。…今妹って言った?

「いくら生徒会長でも、妹に危害を加えるようなら容赦はしない」

 声の主は、女装していて最初は誰だかわからなかったけど、僕の兄の京也だった。自宅では女装している姿を見たことがないので、かなり新鮮だ。元々美形ではあったけど、今は女子にしか見えない。

「京の妹?ということは…そこの2人に無理矢理連れてこられたということか。はぁ~…。お前たち、あんまり部外者を振り回すんじゃない」

 生徒会長は大きなため息を吐いた。さらっと妹扱いされてるけど。

「こんな心の優しい子を悪ガキ扱いだなんて…。冤罪だー!魔女狩りだー!」

「そうだ!そうだ!責任を取って生徒会長を辞任しろ!」

「はっ倒すぞお前ら」

 シズとショーはぶーぶー言っているが、元はと言えば君たちが悪乗りしたせいだからね?

「どうも初めまして。咲也の姉の、京也です。妹が世話になってるね」

 姉じゃなくて兄でしょうが。妹でもなくて弟だし。

「こちらこそ妹さんにはお世話になってます!」

「やっぱ咲ちゃんのお姉ちゃんだけあって美人だねー」

 …最早突っ込むまい。

「それにしても、咲也の女装、よく似合っているよ。流石は自慢の妹だ、私の目に狂いはなかった」

 姉(兄)は僕の肩を掴んで言った。

「妹と高校生活を送れるなんて、こんな幸せなことはない。1年という短い間なのが残念だが、高校生活の中で最高の1年間が私を待っているだろう」

 そう力説しながらおもむろにスマホを取り出すと、パシャっと僕をカメラで撮った。いや何撮ってるの!?

「妹と送る高校生活の記念すべき1日目にして、妹の初女装記念日だ。その姿をカメラに収めておきたくてな。妹観察日記にも載せたいし」

 妹観察日記って何!?

「こいつのシスコンっぷりは有名でな。何度話を聞かされたことか」

「いや、まだまだ話したいことはたくさんある」

「だからって夜中に電話かけてくるんじゃない」

 まさかそんなことを…。

「すみません生徒会長。兄が迷惑かけたみたいで…」

「まあ、こいつ自身悪気があってやってるわけじゃないからな。多少自重してもらいたいが」

 僕が謝ると、生徒会長は苦笑いしながらそう返した。

「さて、妹と一緒に帰りたいのもやまやまだが、私は用事があるから、ここで失礼する。大橋さんに高木さん、妹をよろしく頼むよ」

「む。私もそろそろ行かなくては。2人とも、頼むから騒ぎは起こさないでくれよ。咲也ちゃん、こいつらに何かされたら私に言うといい。然るべき制裁を与えてやろう」

 そう言うと2人は僕たちの前から立ち去った。

「くそー何が制裁だあのファシストめー。スキャンダルすっぱ抜いて辞任させてやろうかしら」

「咲のお姉さんって何だか面白そうな人だね!」

 十数年兄と過ごしてきたけど、あんな兄は初めて見た。家では女装なんてしてないし、クールで口数も少ないから、あんなに饒舌だとは思わなかったな。一番衝撃的だったのはシスコンもといブラコンの気があったことだったけど。


 家に帰ると両親は僕の女装姿に驚くこともなく、兄と同様褒め称えた。どうやら厩橋高校が女装男子校だったことも、兄が女装していることも知っていて、僕にはずっと内緒にしていたらしい。理由を聞いたところ、その方が面白くなりそうだったから、とのこと。何なんだこの家族。



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