第2話 その感情は

 化粧室に連れていかれた僕は、あれよあれよという間に女装させられていた。鏡には純朴で少し儚げな少女が映っている。えっこれって本当に僕?

「元の素材がいいから、なかなか様になってるじゃないか」

「女装しなくても、女っぽかったもんねー。うらやましー!」

 誉められているんだろうが、正直複雑な気分だ。

「声も高めだし、声作りの必要もないねこれは」

 そういえばみんな女子みたいに声が高い。やっぱり声は作ってるのか。

「そう。これぞ我が県に古来より伝わる『女声術』だ!」

 さっきまでの声とはうってかわって、シズの声が一気に低くなった。これが彼の地声かぁ。15年この県で暮らしてきて「女声術」なんてものは一度も聞いたことないけど。そんな昔からあるの?

「地声はどうしようもないもんねー。油断してると素が出ちゃう。」

「化粧だって、それ相応に時間がかかる。君みたいに少しだけ手を加えて完了、なんてのは非常に珍しい」

 女装って大変なんだなぁ。少し感心してしまった。

「さあそろそろ入学式だ。教室へ戻ろうじゃないか」

 あ!そういえば入学式、親が見てるじゃないか!こんな姿見せたら、何て言われるか…。

「父さん母さん!僕は生まれ変わったんだ!って見せつけてやりなよ!」

 生まれ変わるにしたって、こんな斜め上の生まれ変わり方はだね…。


 廊下に整列して、入場の順番待ちをする。他のクラスの生徒もやはりみんな女装をしている。パッと見では男子だとは思えない。髪形や服装もそれぞれ違って、個性的だ。一応指定の制服があるんだけどなぁ。学ランを着ている生徒は誰一人いなかった。僕もあの3人に制服を脱がされて、ブレザーとスカートを着ている。足がスースーして変な感じがする。制服があるのに、新入生が全員私服で、それも女装で入学式に出るって、一体何なんだこの学校は。

 僕らの組が入場する番がまわってきた。会場である体育館は、割れんばかりの拍手が鳴り響いている。教師や保護者たちは普通の格好をしているが、在校生は案の定女装をしている。これが本当に男子校の入学式なのか?知らない人が見たら女子高と間違う、そんな異様な光景が広がっている。

 新入生が入場し終わり、国歌と校歌の斉唱が始まる。女装をしている生徒は、歌を歌うときも女の声で歌うようだ。すごいキツいと思うんだけど、何食わぬ顔で平然と歌っている。これが「女声術」のたまものなのか。女装をする時は姿形だけじゃなく、声まで女の子になりきる。意識高いなぁ。ちなみに校歌の歌詞には女装を連想させるようなワードは含まれておらず、ごく普通の校歌だった。

 続いて、校長先生の話だ。白髪に眼鏡の、真面目そうな人だ。

「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。今日から厩橋高校の一員としての生活が始まります。この先何度もつまずいたり、壁に当たったりするでしょう。しかし忘れないでください。あなたたちの周りには友人がいます。親がいます。先生がいます。辛いときには必ずあなたたちを助けてくれるでしょう。だからそこ恐れず前進していってください。…ンフっ、それにしても…今年も可愛い女装っ子がたくさん入ってきましたねぇ。眼福眼福。…あっヤバい、素が出ちゃった。ンフフフフ。いや私、そっちのケはないですよ?女装っ子を見るのが好きだってだけで、ホモじゃないですよ?ホモじゃないホモじゃない…。私既婚者ですし…ンフフ。……………ホモじゃないよ!!!女装っ子好きって言うのは、ホモじゃないんだ!!!

 私は声高に言いたい!!昨今の」

「はい校長先生ありがとうございましたー」

「離せー!!うおぉぉぉ!女装っ子、女装っ子万歳!男の娘万歳!!」

 ヒートアップした校長先生は、数人の教師に抱えられて無理矢理壇上から引きずり下ろされた。変な学校の校長は、やっぱり変な人だった。いや変態と言うべきか…。

 何もなかったかのように式は続く。次は…新入生代表のスピーチか。毎年新入生代表には、入試の首席が選ばれるのがこの学校の伝統だ。県内の秀才が集まるだけあって、ここの首席になるのは一筋縄ではいかない。女装のインパクトで忘れかけてたけど、みんな勉強は出来るんだよなぁ。一体どんな人なんだ、僕らの学年の首席は。

「新入生代表、麻枝美歌まえだよしか

「はい」

 その声はうちのクラスから、というか僕の隣から発せられた。まさか首席がこんな近くにいるとはね。壇上に上がった姿を見たとき、僕は眼を見張った。サラサラとした銀髪で、少し低めの身長、綺麗な顔立ち、色白な肌で、どこか守ってあげたくなるような雰囲気を醸し出している。そして何よりその声だ。「女声術」

 で作った声なんだろうが、透き通るような、所謂クリアボイスというのだろうか、人を惹き付ける美しい声だった。正直スピーチの内容はほとんど覚えていない。彼女、いや彼が女装した男子だということも忘れて、その可憐な姿と美声に酔いしれていた。

 その後は余韻に浸りながらぼうっとしており、全行程が終わって退場の合図があった時ようやく我に帰った。待て待て待て相手は男だぞ?女装した男子高校生だぞ?ただの気の迷いだ。僕はホモじゃない…。そう自分に言い聞かせる。

「女装っ子はいいぞ~?」

 何処からかあの校長先生の声が聞こえた気がした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る