それいけ!厩橋高校

@bunkou

第1話 男子は男子でも

 今年の春から、僕は高校生になる。努力の甲斐あってか、兄も通っていて、ずっと憧れだった厩橋高校に合格することができた。この高校は県内有数の進学校で、多くの人材を輩出しており、県外でもその名を轟かせている。何よりありがたかったかったのが、男子校という点だった。僕は女子との会話が非常に苦手だ。物心ついた時から家族以外の異性とはまともにコミュニケーションをとった覚えがない。それで周りによくからかわれもした。しかし男子校なら女子がいない。会話する必要もないのだ。漫画やアニメみたいな甘い青春時代は期待できないけど、女子との意志疎通に難がある僕にはそもそも無理な話だ。


 流石は進学校、合格したからと言って油断はさせない。新入生用の春休みの課題の量が尋常じゃない。特に数学。なんと高校で習う数学Ⅰ・Aの範囲を予習してこいというもの。数学が苦手な僕は非常に苦しめられた。もちろん予習なので、ヒントは書かれていても答えはないので、ズルして解答を写すということもできない。志望校に合格して晴れやかな気分で満喫できるはずだった春休みは、課題とのにらめっこで終わった。


 入学式当日。僕は厩橋高校の制服に身を包んでいた。今時珍しい学ランで、昔ながらの男子校っといった感じである。今日からあの厩橋高校の一員なのだと思うと、身が引き締まる。在学生は午前中授業があるので、兄は朝早くにさっさと出かけて行った。新入生は午後からの登校だ。入学式の前に諸説明があるため、保護者とは別行動だ。僕は自転車で自宅から厩橋高校へと向かった。実は厩橋高校、アクセスが悪いことでも有名である。すぐ近くに私鉄が通っているのだが、大半の人が利用するJRの駅からは離れており、ほとんどの生徒が自転車を利用することになる。僕はと言えば自宅からちょうどいい距離に駅がないので、自宅から自転車オンリーで通うことになっている。自転車で通うとなると結構時間がかかるので、余裕を持って早めに家を出る必要がありそうだ。


 少し浮かれていたからだろうか。想定より早めに着いてしまった。というか僕以外新入生が見当たらない。教師が忙しそうに何やら作業をしている。その中の1人が僕の姿を認め、こちらへ歩み寄ってきた。

「もしかして新入生か?いやー気合い入ってるな!今年も期待できそうだ」

 身長も高く、中々のイケメン教師だ。歳も若いと見た。

「はい。1年生の宮田咲也です」

「宮田かぁ。もしかして3年に兄貴がいたりするか?」

「そうです。兄もここの生徒です」

 どうやら兄の事を知っているらしい。

「あいつも喜んでたぞ。弟がうちに入学するって。…おっとあんまり長話もよくないな。教室の前に名簿が貼ってある。自分の名前がある教室を見つけて、そこで待機していてくれ」

 そう言って作業に戻るために歩き出そうとしたが、すぐに足を止めて

「そういや自己紹介がまだだった。俺は木下。担当は数学だ。これからよろしくな」

 今度こそ木下先生は作業に戻っていった。


 1組から順番に名簿を確認する。教室の中を覗いてみると、誰もいる気配がない。やっぱり僕が学年全体で1番の登校のようだ。ちょっといいことが起こりそうな気がする。僕の名前は6組にあった。1年間このクラスで過ごすことになるのか。担任はどんな人なんだろうか?クラスメイトは?上手くやっていけるのか?期待と不安が入り混じる。


 10分くらい待っただろうか、教室の扉が勢いよく開いた。

「よっしゃ1番乗り!…じゃなかったかぁ。残念」

 どうやらクラスメートが登校してきたらしい。よしっ。第一印象が肝心だ。挨拶するために身体を扉の方に向けると、とんでもない光景が目に飛び込んできた。金髪の長い髪に、スカートを履いた女子高生が扉のところに立っていたのだ。えっ…えええええええぇ!?女子高生!?

「えっ、あっ、ぁ…」

 女子との会話が上手くいかないのはいつものことだが、突然のことにいつも以上に

 うろたえてしまっている。

「ちーす。これから1年よろしく!私は大橋将っていうんだ!」

「あっ、あっ、み、宮田…さくっ…咲也です」

「咲也か…じゃあ咲ちゃんだ!」

 とてもフレンドリーな女の子だ。でもグイグイくる系の女子は特に苦手な分野なんだよなぁ。というかすごい疑問に思っていることがあるんだが。

「そ、それで大橋さんはなんでこの高校に?ここって男―」

「よし!1番乗り!…じゃなかったかぁ残念」

 大橋さんに質問しようとした途端、またしても教室の扉が勢いよく開いた。

「そのネタもう私がやったー」

「そういうあなたたちは同じクラスの人!これからよろしく!」

 元気よく入ってきたのは、ポニテで若干茶色がかった髪の、女子だった。

「私は高木静です!おふたりは?」

「私が大橋将。でこっちが宮田咲也ちゃん。そうだね…静だからシズって呼んでいい?」

「もちろんいいとも!じゃあ君は将だから…ショーだ!何だか気が合いそうだね私たち!」

「厩橋高校1年最強のトリオの結成だぁー!アハハハハ」

 女子2人が盛り上がる中、僕は頭がパンクしそうだった。ここは厩橋高校だ。男子校である。共学化の話は聞いたこともないし、受験会場にも女子はいなかった。なのにどうして。とにかくそこにいる2人に聞いてみるしかない。

「あっあの~?」

「ん?なーに?」

「ここって厩橋高校ですよね?」

「そりゃそうだ」

「男子校だよね?急遽共学が決まったとかじゃないですよね?」

「そんな話聞いたことないよー」

「で、でも2人とも、女子…ですよね?」

 僕がそう言うと、大橋さんと高木さんは、しばらく顔を見合わせて、ドッと笑った。

「アハハハハ!私たちがだってぇ?」

「もしかして、あなた知らないの?」

 知らないって何を。

「厩橋高校は確かに男子校だよ。でもね…」

「男子校は男子校でも、なんだよ。全国的に珍しい、ね」

 じょ、女装男子校!?何なんだそれは!っていうか…

「じゃ、じゃあ、2人とも、男子…?」

「そーだよ!気合い入れて女装してるから、そんな簡単に男だとはばれないけどねー。でもここは女装男子校だし、本物の女子はいないよー」

 そういって大橋さん、いや大橋くん?はない胸を張る。

「普通の高校だと染髪やらアクセサリーの類は禁止だけど、厩橋高校は女装するための染髪とかは許されているんだ」

 でも学生帖にはそんなこと書かれてなかったし、僕が見学しに来たときは女装してる生徒なんて誰もいなかったはずだけど…。

「所謂不文律ってやつだね。特定の行事がある日は女装禁止令が出るから、知らない可能性もあるか」

「でもー、知らない人がいるなんてちょっと意外かなー。ここに入学する生徒のほとんどが女装したいからここに来たわけだし。進学校なんてのは二の次でしょ」

「私も女装が第一かな」

 僕は進学校だからここに入りたかったんだけど、それは異端なのか…。なんかちょっとショックだ。

「まあまあ。これからよろしく頼むよ。楽しい高校生活にしよう!」

 そうシズは僕たちの肩に手をまわして笑う。正直僕は不安しかないよ。


 しばらくすると、続々とクラスメートたちが教室に集まり始めた。案の定みんな女装しており、普通の恰好をしている僕が異様に浮いてしまっている。やっぱり女装男子校というのは嘘じゃなかったんだなぁ…。もしかして教師も女装するのか!?朝会った木下先生も女装をするのか!?そんなことを考えていたらこのクラスの担任であろう教師が入ってきた。

「ウィース。皆着席ー。いろいろ連絡事項があるからよく聞いとけー」

 良かった教師は女装しないのか。何か軽い感じの先生だな。

「まずは自己紹介、俺の名前は三島治、担当は国語。ハイ自己紹介終了」

「え~短すぎじゃないですかね」

 生徒たちからブーイングが上がるも、三島先生は意に介さない。

「まあ見ての通りこの高校は女装男子校だ。自由に女装していい。ただし、行事の日とかは女装できないからそこんとこヨロシク」

「はーいはーい。しつもーん」

 ショーがぶんぶんと手を振って、先生に質問を投げかける。

「教師陣は女装しないのー?」

「しねえよ。オッサンの女装なんて気分が悪くなるだけだ」

 確かに。

「あっそうだ。一応進学校だし、学習面ではそこそこ厳しくいくぞー。女装を楽しむのもいいが、勉強もやれよ。じゃあしばらく休憩したら入学式だ。準備しておけー」


 しばしショー、シズと談笑する。男だとわかってしまえば、会話に困るとはなくなった。女装しているという点を除けば、2人とも気のいい男子だ。そこへ凄い派手な髪をした生徒が僕らに近づいてきた。すごいファッションだ…。髪にエクステを複雑に編み込んでいて、それでいてごちゃごちゃしていない。服装も女装だとわかるが、女性らしさのなかに男性らしさも残していて、どこか中性的…って何を考えているんだ僕は!

「フム…君とボクは何やら『近いもの』を持っているようだ。ボクは火野涼という。以後お見知りおきを」

「宮田咲也です」

「高木静だよ!」

「大橋将でーす」

 自己紹介が終わったところで、涼が切り出した。

「ところで咲、君は見たところ女装していないじゃないか」

「うん。ここが女装男子校だって知らなかったし、何より女装なんてしたこともないから…」

 ふむ…、と涼は少し考えると、自分の鞄の中から様々な道具を取り出した。

「お近づきのしるしだ。どうだろう、君に女装というものを教えてあげよう。見たところ君は女性的要素が強いから、少し弄るだけで結構なクオリティが得られる」

 えっ僕が女装!?

「おーいいじゃんいいじゃん!咲ちゃん綺麗な顔してるし絶対似合うよ!」

「いやでも入学式が」

「たった一度きりの入学式だ。女装して出るのも悪くないだろう。さて、こちらへ来てもらおうか」

 みんなからの熱いプッシュに根負けした僕は、女装することを受け入れてしまった。ここで拒否しておけば、高校3年間を女装で過ごす、なんてことはなかったのかもしれない。

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