第9話 クチナシの花

私とつれない友人、そして無口な友人は食堂に集結していた。


無口な友人がつれない友人を紹介して欲しいとの事で、どうせ暇だろうとつれない友人を捕まえてきたのだ。

無口な友人がつれない友人を初め見た時、僅かに目を丸くさせたが、またすぐに何事もなかったかのように微笑んだ。

笑顔のよく似合う子。

思い掛けなくして知り合ったが、仲良くなれて私も何だか可愛いくなれた気がする。ううん、気のせいだろうか。

対するつれない友人は、私の隣に突如として現れた美少女に困惑している。

「あの、どちら様ですか」

角ばった声を出すのがやっとのようだった。


「さっきの授業で知り合ったの。いやあ、ノート一冊でコミニュティが広がるなんて、よく出来た世の中だよね」

無口な友人はマスクで半分顔が見えていなかったが、それでも誰もが振り向くような美少女だ。

茶髪のボブカットに、春らしいピンクのカーディガン。ジーンズカラーのロングスカートを履いている。

時々マスクの向こうから聞こえてくる笑い声は私よりも、少し低かった。


「お前に比べて真面目そうだな」

「そりゃあね」

つれない友人と無口な友人の目線がぶつかる。つれない友人は気まずそうに目線を泳がせたが、無口な友人は自分のスマートフォンを取り出して、何かを打ち込み始めた。

『これからよろしくお願いします(顔文字)』

無口な友人のスマートフォンには明るいフォントでそう書かれていた。

無口な友人の行動に、つれない友人の眉間に皺が寄る。

彼の反応が面白かったので、冗談半分に、

「この子はね、口が無いから喋らないのよ」

言ってみると、つれない友人は目玉をぎょっとさせた。

『確認してみますか?』

無口な友人も私に乗っかってきて、人差し指でマスクを軽く、誘うように叩いた。

つれない友人の顔が引きつる。

「もしかして、怖いの?」

つれない友人の脇を突く。

彼は少しの間逡巡したが、小学生が信号を渡るみたいに左右を確認すると、ゆっくりマスクに手を掛けた。

無口な友人の口は、ちゃんと鼻の下に鎮座していた。


つれない友人から理不尽な暴力を受け、食堂で一番高いメニューであるハンバーグ定食を私が払う羽目になった。

今、私の目の前でつれない友人が美味しそうにハンバーグ定食を食べている。

「一言いいかな」

棘のある声を意識してつれない友人に呼び掛ける。

「何で私がボコボコにされた挙句、ハンバーグ定食を恐喝まがいで奢らされたのに」

一瞬、隣の無口な友人を見る。そしてすぐに目線を戻した。

「彼女は何も被害が無いの?」

無口な友人は、変わらぬ笑顔でサンドイッチを頬張っていた。

「美少女には手を出さないのが俺のルールだ」

「つまり私は」

「ブス」

満更でもない顔で答えるつれない友人。

今すぐにでもその顔をハンバーグに叩き付けてしまおうか迷う。

しかし彼の恋愛対象が人間以外という事をふと、思い出した。

全く哀れな男だ。手を出す事すら幻滅して、私も昼ご飯に手を伸ばす。


「ねえ、喋らないでずっと生活するのは不便じゃない?」

食事で会話が途切れてしばらく。

私とつれない友人が、恐らくは抱いていたであろう疑問を無口な友人に訊ねる。

彼女の一番のミステリーであり、それを除けば彼女は純情な乙女だ。

無口な友人は首を傾げていたが、ややあって頷くとスマートフォンの画面をこちらに向ける。

『一度声を聞かれたら喋るようにしていますよ。買い物とか』

「へえ、なるほど」

『もう十年近く続けてる事だから、慣れちゃいました(顔文字)』

「じゃあどうして」

つれない友人が言いかけたが、無口な友人に口を人差し指で押さえ付けられて口ごもった。

『それはナイショ』

お約束の答えが返って来た。


ふと、その時私はある考えに至る。




私もつれない友人も、彼女が喋らない理由についてはどうでも良くて。

彼女の口から『ナイショ』という言葉が出てくる事に期待をしていたのではないかと−−。


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