第4話 急がば回らず空回り

自転車に二人乗りしたのは実にいつ振りだろう。

確か中学生の頃に幼馴染みの男の子とやったきりだ。

だとするなら、五年振りになる。


あの時は私も幼馴染みの事が好きで、まるで恋人だなあ、なんて夢想しながら乗っていた。が、今はそんなロマンス溢れる状況ではない。




簡単な話だ。


「ナンパで喧嘩沙汰になるなんて初めて聞いたぞ」

「うるさい、向こうが悪いんだから」

私の右頬にはガーゼが貼ってあり、鼻の上には絆創膏が鎮座している。

着慣れたはずのハーフパンツから漏れ出した脚には何箇所か包帯が巻いてあった。

満身創痍。

つまり大学から歩いて帰るのは不可能なのだ。

というよりも––追っ手に追われている。

そう言った方がいいのかも知れない。

「別にそんな殴る程の相手ではなかったろ」

「いいやムカついた」

「感情的になって手が出た方が負け」

軋む音を立てながら自転車は進んでいく。つれない友人の屁理屈を聞き流しながら後ろを振り返る。

豆粒サイズではあるが、追っ手は私たちを追いかけて来ていた。まだ巻けていない。


"ナンパ研究会"という馬鹿馬鹿しい、それこそ私よりも馬鹿馬鹿しいサークルに捕まり、

「お茶しない?」

「髪の毛の色珍しいね、可愛い」

「大学の事、一杯教えてあげるよ」

「変なサークルで飲まされるより、俺と飲んだ方が面白いよ」

茶髪金髪、ピアスを開けてヤニの臭いがプンプンのあからさまに馬鹿っぽい先輩諸氏にナンパされ続けた。

今日は新しく出来た友達と楽しくご飯を食べに行く予定だと言うのに、ひたすら邪魔で、交差点の真ん中に立たされている気分だった。


私は交差点が大嫌いだ。


人混みの中を掻い潜る必要があるし、車のクラクションが煩い。

歩きタバコのリスクも大きい。

だから私は、自分の中の信号のランプに電気を送った。

「赤信号を青信号へ」

声に出すと、先輩諸氏の眉がハの字に落ちる。

少し抽象的だから、私の独り言が理解出来なくても仕方ないか。

具体的には、脳から全身に

「こいつを殴れ、交差点を抜けろ」

と、信号を送った。


「お前が確実に人間じゃないのは今日のナンパ研究会との衝突で分かった」

大学の敷地内を抜けてしばらく。住宅街や土手の景色が抜けてきたあたりで自転車は失速した。

頬を撫でる風が生ぬるい。

私は体制を変えて、つれない友人と背中合わせになるように座った。

空が夕陽に飲み込まれているようなオレンジ色。

星はまだ、見えない。

「非道いなあ。私人間だよ」

「じゃあ時速15キロはあった俺の自転車にどうやって飛び乗ったんだ」

「愛の力」

「規格外だ」

保健室に逃げて、応急処置をしている途中にタイミングよくつれないけれども博愛な友人の自転車が通り過ぎる、それは愛の力だと思うんだが。

そういえば前に言ってた愛、ってこの事か。

「あ、そうだ。駅目指してくれる?」

「人をタクシーみたいに使いやがって」

つれない友人は文句を垂れながらも、駅方面へ自転車を動かす。

横断歩道を渡るのが面倒だったのか、ちょっとした裏路地に入っていく。

「あ」

「おっと」

裏路地で待ち構えていたのはナンパ研究会の先輩。

ご丁寧にもバールのような物を持ってこちらを睨んでいた。

「急がば回れって言葉はまさにこの通りだな」

「あはは、結構、結構。」

自転車を流れるように降りて、つれない友人の前に出る。


「君を私よりも馬鹿な人間から守る」

信号が、変わった。


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