ぶっちゃけ小説って……

 君達はどうして小説を書くんだい?


 本音を語れば、僕はそれほど小説至上主義者というわけじゃない。勿論、僕が持っている知識の源泉の大抵は紙媒体に記された活字達だし、自室の本棚を占拠しているのはライトノベルも混ぜて小説が大半だ。今こうして君達の前に文字の姿で現れているように、自分の手で物語を創り出したい願望も抱いている。書店の膨大な数の本に囲まれて幸せを感じるのも確かだ。


 でもその一方で、僕は小説に対して冷たい視線を注いでもいる。小説が優れた表現手法であることに間違いはない。ただの文字が集まって構成されている物質な筈なのに、小説の歴史は僕ごときでは計り知れないほどの重みがある。しかし小説はあくまで、表現法の一種類に過ぎない。僕は小学生のバイブル(もっとも最近はようつべに地位を取られつつある気がするけど)コロコロコミックが齎す感動の技術を知っているし、ガンダムシリーズからはまり込んだアニメーションの躍動感のせいでオタク扱いされるようになって、バイオハザード4との出会いでゲームプレイヤーの喜びに目覚め視力を犠牲にした。生憎、それほど優秀な身じゃないから理解できないけど、ピカソだのロナウジーニョだのド素人の一般人にも広く知られた有名人を輩出してる絵画やスポーツ、あれだって己を表すための立派な表現法だ。今時なら動画投稿者も。こんな風に、この世界には凄い価値を持った表現方法がいっぱいあって、小説はあくまでその中の一つなんだ。


 ではどうして、僕らは小説を書こうとしたのか。よほど特異な環境にいたわけでもないなら、まさか小説だけに触れて漫画もアニメもノータッチ、なんてことにはならないだろう。寧ろ「面白さ」の「分かりやすさ」の面からすれば、小説より優れた表現方法なんて腐るほどある筈だ。それでもわざわざ文字だけで何かを表現しようと志した、その理由とは? 小説が他よりも優れていたからか? そんなことを言えるのはろくっすぽ世間と関わってない、根暗な愚か者だけだ。そりゃ売上高だの店舗数だの具体的な数字を持ち出して、経済的なフィールドで表現方法を比較し、お金を稼げるかどうかの優劣を決めることは出来るだろう。でも、今話してるのはそういう、現実の社会がどうこうとかが関わってこない、人間の感情をどれだけ揺さぶれるかどうかという極めて曖昧な話だ。「感動」や「退屈」などという具体性に欠けた言葉が平然とまかり通るこの領域では、手法の違い自体に優劣をつけることはできない。少なくとも人の心を数値化できない現在、普遍的な基準を用意できないのは確かだ。


 ……そもそもここまでハッキリと考えて小説を書き始める思索人間がそう多くいるとも思えない。となれば、無意識の内に惹かれてしまう要素が小説にある、ということなんだろう。僕が思うにそれは「始める難易度の低さ」。この一言に尽きる。つまりパソコン、ないしは紙とペンさえあれば創作に取り掛かれるこの手っ取り早さが、いつまでもしつこく売れない小説を書き続ける無名作家を生み出しているんじゃないかっていうことだ。


 凄いものを作れるかどうかを無視すれば、正直小説ほど楽をできる創作物は他に類を見ないと思う。冷静に考えてみなよ。小説を書くのに最低限必要なのは、意味のある日本語の文章を書けるだけの知識──つまり義務教育さえ終えていればまぁ平気だろうね──に、書いた物語を保存できる紙やパソコンなどの情報媒体、あとはせいぜいペンと机くらいか。こんなもの、今の日本社会で生きていて入手してないなんて人間のほうが珍しいほどの有り触れた道具だ。こういう特に意識しなくても手に入れている、という「身近さ」は、何かしら行動する上で非常に影響してくるんだよ。そりゃ今まで触れたことのある、つまり「知っている物」を利用して何かを始められるなら、利用したほうが楽だし合理的だよね? 意識して用意しなきゃダメな物、ブクマ0のネット小説みたいに、「知らない物」が必須とか言われたら、誰だってちょっとは躊躇うよね? 「知っている物」を使えて、しかも明確に難しいと分かる技量も要求されない。そんな偶然を積み重ねたのが小説っていう表現技法なんだよ。


 それに加えて、こういう「無料小説投稿サイト」のシステムそれ自体が、夢をみる無名作家生産に拍車をかけているんだ。どれだけ作品を作るのが簡単だからといっても、その作品を披露する場がなかったら意味がない。自作HPを作ってそこで公開する? HP作成なんて「知らない物」を、来場されるかどうかすら分からないのにやる人なんて多いはずがないでしょ? 他人が勝手に用意してくれた無料の場で好き勝手に物語を綴れるのなら誰だってそうするよ、だってそれが楽なんだもん。しかも、別に駄作を投げ込もうが完結できなかろうが、一切のペナルティが存在しない。明確な盗作でもしない限り、違反行為をしたってせいぜい垢バンを喰らうくらいだ。楽で、無料で、責任が軽いから。この魔力に惹かれない人間はそういない。現に一分単位で常に新着更新欄が埋まるサイトなんて小説投稿サイト以外で見たことがないからね。


 そんなのアンタの主観じゃないか。そう思う人が多いだろうね。実を言えば、まぁまったくその通りだと認めざるを得ないし、僕自身もこんな何処の馬の骨とも知れない輩の言説が真理だなんて考えたくもない。大体僕だってこんな細かいこと気にせずネット小説界に飛び込んだ人種だから、偉そうなことなんて言える立場じゃないんだろう。


 それでも君達に訊きたいことがある。君達は「小説じゃなきゃダメなんだ!」と大きな声でハッキリ宣言できるくらい、小説と向き合っているのかな? 別に執筆に励むことだけが小説に向き合うことじゃない……というか執筆それ自体は単なる作業に過ぎないんだよ? とある作家は「既に文章が頭にあるからそれを打ち込んでいくだけ」みたいなこと言ってたしね。個人的に大切なのはそれ以前の段階──そもそも「伝えたいこと」を形にすることだと思ってる。何かといえばまあ、要するにキチンと思っていることを言葉に出来るように色々な体験をし、そこから得た感情や知識とかを考えることが必要なんじゃないかってことだよ。想像力があれば小説は書ける? それこそ想像力が足りない人間の言うことだ。君達が僕について「勝手なことばかり言う奴だ」とか「馬鹿じゃね?」とかいう風に僕の人柄を想像できるのは、このエッセイがあったからの筈だよね? このたかだか何千字がなかったら僕は存在しない人間だったわけだ。君達は知らない物について──例えば僕の友人A君とかについて、何か想像してコメントできるのかい? 知らない奴のことなんて分からない筈だよ。


 人間は知ってるものに関係したことしか想像できない。知らないことは知りようがないんだ。ブクマ0の小説が面白いかどうかが分からないように。それでも過去の体験や「誰も読んでない」ってことから、多分だけどこの小説はつまらなさそうだなって判断するように。


 ジョージ・オーウェルはスペイン内戦に参加して、人が死ぬことで喚起される感情に直面した。伊藤計劃は東京ゲームショーで小島秀夫監督と出会って涙を流し、人間が喜びのあまり涙を流すことを実感した。君達には胸を張って語れる、己の創作欲の原動力となるような体験がどれだけあるんだい? 別に戦争に行くだとか有名人に会ったとか、そういう大げさなものだけが体験になるわけじゃあないんだ。このエッセイを読んで「つまらないな」とか思って「でもどうして俺はつまらないって思ったんだ?」って細かく考えること。これだって十分に体験となりうるんだよ。逆に何か凄いことがあったって「凄かった」「感動した」「やばかった」「悲しかった」とか、そういう単一の言葉で感想を済ませてたら何の体験にもならないよ? 何か出来事があって、それについて抱いた感情とかを細かく、最低でも自分が納得できる言葉で正確に表現する。そこまでやって、初めて体験は意味のある行動になるんだ。言い換えれば「表現力を鍛える」っていうことだね。君達は生活の中で、どれだけ表現することにこだわっている? 教授や上司が見やすいレポートや書類ってどうすれば作れるかな? みたいに。


 天才と呼ばれる人たちがバンバン名作を世に出すせいで忘れられがちだけど、本来何かをなすってのはこれくらいねちっこく努力して、初めて人に見せられるかなぁ? レベルに達するんだよ。いちいち作者が失踪した作品やその辺の駄作を引っ張ってきてあれこれ言わずとも、努力しなかった人の末路なんて分かる筈だよね。君達はそんなあからさまな人よりはマシかもしれないけど、結局の所はネット小説の手軽さに惹かれた人間って意味で、同類のままじゃないのかい? 趣味程度の話だから良いじゃんっていうなら別にどうでもいいんだよ。でもなら「読まれないな、辛いな」とか口にするんじゃないよ、うざったらしいんだよ。趣味程度の力で書いた作品と、小説のために努力を積み重ねた作品。どっちが素晴らしいものになりやすくて、どっちの方が読みたくなると思ってるんだい? 頑張って小説を書こうと一生懸命な人のほうが応援したくなるし、カッコいいに決まってるだろ、いい加減気づきなよ。「読まれない」って事実に気を取られて「なんでさ……」と呟いて改善策も取らず同じような作品書いたって無限ループしか待ってないことくらい分かれよ。僕は、真理っぽいものに気づきかけた癖に努力を面倒くさがった、ダメ人間だ。だから僕の小説が読まれないのは当然なんだ。そんなダメ人間と一緒のことをしていい作品が書けるわけないだろ。


 一般人はそれくらい意識して、初めてまともな小説が書けるものなんだ。たまには小説のことだけ考えて生活する必要があるんじゃない? できないのなら、それが君の作家適性だ。素人が苦労するのは当然なんだから、少しくらいの努力はしても良いと思うよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

小説を読ませる必須条件を教えてあげるを はやを @hayawo0020

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ