第14話 オーデンセ? ぼくを捨てないで!
???????作曲「交響曲イ短調 K.16a」さんからのお手紙
みなさん、こんにちは。
ぼくは、通称「オーデンセ交響曲」です。
ところで、ぼくは、いったい誰なのでしょうか?
ぼくには、自分の記憶がございません。
だから、自分がいったい誰に作られたのかが、はっきりしません。
ぼくは、昔から存在はしていました。
ケッヘルさんは、ぼくを「疑わしい作品」とはしながら、一応モーツアルトさんの作品目録の付録に入れました。「K.Anh.220」という番号が付きました。その後、別の方が「K.16a」という名前をくれました。
でも、そのころぼくは、数小節だけの切れ端でした。
ところが、1982年にデンマークのオーデンセで、ぼくの楽譜が見つかりました。
「モーツアルトの作品発見!」と言われて、一躍ぼくはスターになりました。
この知らせは、もちろん、すぐ日本も伝わり、当時まだ美青年(こう書け!と言われまして・・・)だった「やましん」さんにも、ラジオで情報が届きました。
1984年末にはオーデンセ交響楽団が復活初演を行い、録音もしました。
それから、当時行われていた、古楽器によるモーツアルトさんの新しい革新的な「交響曲全集」の録音にも、急遽取り入れられ、さらに、他の録音もされ、もう、大忙しでした。
ああ、ついに、ぼくは、ぼくは、本当に永遠のスターとなって、楽しく生きて行ける・・・はずでした。
ところが、この全曲の楽譜が見つかったことから、学者の皆さんが「どうも、こいつはモーツアルトの曲じゃなさそうだ。」と言い始めたのです。
「いえいえ、ぼくは本物です。嘘じゃありません。僕を見捨てないで!」
そう、ぼくは言い続けたのですが、「調性や、主題の作り方や、楽器の使い方など、いろいろな面から見て、こいつは偽物だ!」
と、多くの学者さんたちが主張なさいまして、で、ぼくは、モーツアルトさんの子供ではないだろう、ということになってきてしまいした。
もう、それからは、モーツアルトさんの「交響曲全集」録音からも外されるようになり、ぼくは、人々から忘れられていってしまったのです。
今でも、まだほんの少しの可能性は残されているんだ!
ぼくは、そう思って、秘かに望みをもって、細々とレコード棚の隅っこで生き続けています。
でも、やましんさんは、時々思い出したように、ぼくを棚の奥から引っ張り出して「好きだよ!」と、言ってくれます。
あの人では、なんの薬にもならないけれど、でも、そう言ってもらえると、うれしいものなのです。
ぼくは、たとえ、ぼくが誰の作った子供であってもいいんです。
どうか、ぼくを忘れないでください!
お願いします!
ぼくを、捨てないでください。
ぼくの声を、どうか、いつまでも・・・どうか、聞いてください・・・・。
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(参考)
W.A.モーツアルト作曲と言われた・・・
「交響曲イ短調 K.16a 『オーデンセ』」
1 指 揮:ターマシュ・ベート
管弦楽:オーデンセ交響楽団
(英)ユニコーン・カンチャナ CD(UKCD2018)
2 指 揮:クリストファー・ホグウッド
管弦楽:エンシェント室内管弦楽団
(国内盤ポリドール FOOL-29064/7)
3 指 揮:ハンス・グラーフ
管弦楽:ザルツブルグ・モーツアルテウム管弦楽団
国内盤(カプリッツィオ=新星堂 SMU-7)
4 指 揮 : 飯森範親
管弦楽 : 山形交響楽団
国内盤 (EXTON OVCL-00711)
※ ラジオドラマで聴いたのは、K.19aの可能性が高そうです。『うつうつ音楽詩編集第1266話』参照ください。
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