第12話  恋の行方

ロベルト・シューマン作曲「ゲーテのファウストによる情景」さんからのお手紙


「すベて移ろいゆくものは比喩だ。

 ・・・・・・・・・・

 ・・・永遠の女性が、我々を高みに引き上げてゆく。」


と、詩って長い長い「詩劇」を締めくくったのは、ゲーテさまです。

人類最高の頭脳を持つ天才と言われ、文学に科学に医学に政治に、あらゆる分野で才能を発揮し、美男子でお金持ちで、権力があって、沢山の恋のお話が伝わる文豪ゲーテさん。「野ばら」の詩は、皆様よくご存じですよね。

この小さな詩に、沢山の作曲家が歌を付けました。

シューベルトさんとウエルナーさんのものが、日本ではとくに有名でしょう?

あの詩の中の「野ばら」さんは、フリーデリーケ・ブリヨン様という、実在の女性でした。若いゲーテさんの恋人さんでした。

 でも、ゲーテさんは、出世の為に、彼女を捨ててしまわれました。

 後年そのことを悔やみに悔やんで書いたのが「野ばら」だったとか。

 《少し、自分勝手ではないか!と、モテたことのない、やましんさんが、おとなりで言っていますが・・・。》

 「若きウエルテルの悩み」のヒロインであるロッテさんも、実在の女性でしたが、こちらはゲーテさんが横恋慕して、三角関係を無理やりに作ってしまったのです。

 ゲーテさんは、あわや自殺・・・まで考えるほど自分を追い詰めてしまわれたとか・・・。主人公は、小説の中で、実際自殺してしまいますよね。

《これも、あまりといえば、あまりではないかと・・・。

 しかもそれを小説にして、しっかり稼いだりして》と、またおとなりで唸り声がしておりますが・・・


 ところで、あのベートーヴェンさんとゲーテさんを温泉で引き合わせるという歴史的な名場面を作ったのは、ベッティーナ・フォン・アルニムさんという、一時ゲーテさんと親密だった女性でした。ただ、調子に乗ってやりすぎて、結局ゲーテさんから嫌われたようでしたが。

 そのほか、ゲーテさんと親密だった女性のお名前は、シュタイン夫人とか、コロナ・シュレーターさんとか、ウルリーケさんとか・・・もういっぱい出てまいります。


 それはともかくも、シューマン先生は、悩み苦しみながらも、わたくしを生み出したのです。

 先生には、「楽園とペリ」さん、というオラトリオがありまして、最近日本では、こちらの方が有名になっているように思います。

 もちろん、名曲さんだとは、思います。

 ただ、どうも、その陰で、わたくしは、忘れられがちで、日本ではまったく人気がありません。言葉の問題はありますでしょう。

 でも、あのドイツ語全くダメの(外国語はすべてダメですが)やましんさんでさえ、わたくしの音楽の魅力には、「五重まる、いや八重まるかなあ。」と、おっしゃってくださるのです。つまり、すぐに言葉がわからなくても、わたくしの音楽自体の魅力は素晴らしいと、いうことなのでしょう。もっとも、やましんさんでは、権威というものが、そのかけらも、微塵さえもないと申しますか、ま、まったく何にもございませんけれども。

 そこで、自己宣伝をさせていただきます。

シューマン先生は、1844年からわたくしを作曲しはじめました。

初めの方からでは無くて、核心となる、おしまいの方から書き始め、8月には第三部を書き上げましたが、あまりの疲労からお体を崩し、なかなか続きが書けませんでした。1849年になって、第三部が演奏されたことも力となって、残りの第一部・第二部の作曲を再開し、1853年には、ついに、書き上げてくださいました。十年の歳月を要した大曲です。

 終末の「神秘なる合唱」には異なる二つのバージョンが残されております。

 旋律の美しさは、シューマン先生の全作品中でも、屈指のものと自負いたしております。先生が、持てる力のすべてを出し尽くし、そのお命までもかけて書いてくださったと言って、過言ではございません。「ヴァイオリン協奏曲」さまがおっしゃっていらっしゃいますように、完成の翌年、1854年に、先生はライン川に投身自殺を図ります。たまたま近くに漁師様がいらっしゃったので、助けられたのではございますが・・・。

 昔、HNK交響楽団様が日本初演をしてくださったときの名演奏は忘れられません。指揮は、ウォルフガング・サバリッシュさんでした。なにしろ、優秀な独唱者のほか(その時のバリトンは、あの、フィッシャー・ディースカウさんでしたが)、合唱団、児童合唱も必要で、なかなか簡単には演奏できないでしょうけれど、ぜひ、またあのような名演奏が日本で行われる日が待ち遠しいです。(やましんさんは、テレビとラジオでしか聞いていません。)

 ぜひ、時間を作って、聞いてみてください。

 あなたの人生の宝物になるでしょう。


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(参考)

 最近は、かなりの録音がCD化されていて、その気になれば聞くこと自体は、それほど難しくはありません。(CD二枚、ちょっと頑張って聞く必要はありますが・・・熱中できれば、アッと言う間ですけれど。)

 ただし、最後の「神秘なる合唱」では、おおむね第二版が使われることが多く、筆者が大好きな、かつて日本初演でも使われた神秘的で静逸な第一版は、あまりお目にかかりません。


【まず昔からあったスタジオ録音は・・・】

 指揮: ベンジャミン・ブリテン

 管弦楽:イギリス室内管弦楽団

  ファウスト博士・ドクトル・マリアヌス

              =ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ

  グレートヒェン・懺悔する女=エリザベス・ハーウッド

  メフィストフェレス=ジャン・シャーリー=カーク   そのほか

       (DECCA国内盤 UCCDー3619/20)


【めずらしく、終末に第一版を使った録音】

 指揮 :フィリップ・ヘルヴェッヒェ

 管弦楽:エリゼー宮管弦楽団

   ファウストほか=ウイリアム・ダゼレイ

   グレーチヒェンほか=カミラ・ニルンド   

   メフィストフェレスほか=クリスティン・シグムンソン  ほか

   ハルモニア・ムンディ・フランス(HMC901661.62)

  *両方のバージョンを一緒に録音収録してくださる演奏家の方が出現してくだ  さいますよう(生きているあとわずかな間に!ぜひ!)お願いいたします。


【第二部第六景:「ファウストの死」の場面の演奏について筆者が大好きな演奏】

 指揮 :ベルンハルト・クレー

 管弦楽:デュッセツドルフ交響楽団

 ファウストほか=ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウ

 グレーチヒェンほか=エディット・マチス

 メフィストフェレスほか=ワルター・ベリー   ほか

   EMI(7243 5 75667 2 8)


【ジャケットの絵がちょっと危なくて、とても素敵な最近のCD】

 指揮 :ダニエル・ハーディング

 管弦楽:バイエルン放送交響楽団

 ファウストほか=クルスティアン・ゲルハーエル

 グレーチヒェンほか=クリスティアーネ・カルク

 メフィストフェレスほか=アラスティア・マイルス  ほか

   (BR KLASSIK 900122)


 他にも、アバドさんが指揮したCDもありました。また、昔のライブ録音もいくつかCDになっていました。つい先日も、ミヒャエル・ギーレンさん指揮のライブが発売されました。


【DVDもありましたが、今も売っているかどうかは不明です】

  指揮 :フリーダー・ベルニウス

  管弦楽:シュトゥットガルト クラシカル フィリハーモニック

  ソプラノ=ミカエラ・カウネほか

  メゾ・ソプラノ=クリスタ・メイヤー

  アルト=Mihoko Hujimura(藤村実穂子さん?)

  テナー=ヨハネス・カルパー   ほか

   PIONEER CLASSICS (DVD PC11553)


*「ゲーテをめぐる女性たち」・・・ 本です

  高橋健二氏著(主婦の友社 昭和52年)


*楽譜「野ばら」91曲集・・・楽譜です

  坂西八郎氏 編(岩崎美術社 1997年)

   いやもう、こんなにあるの!とびっくりの楽譜集です。












                     

 
















 







 









 








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