第9話   シンデレラ協奏曲

ロベルト・シューマン作曲「ヴァイオリン協奏曲」さんからのお手紙


 日本の皆さん、グーテン・ターグ!

 わたくしは、ロベルト・シューマン先生作曲の『ヴァイオリン協奏曲ニ短調』です。

 日本の皆様!

 なぜ、わたくしのような美貌と才能を持って生まれたものが、このような中途半端な立場に立たされているのでしょうか?

 わたくしは、シューマン先生のお手により、1853年には完成されておりました。

 そうして、あの有名な、ヨーゼフ・ヨアヒムさんにより、初演されるものと思っておりましたの。

 ちなみに、ヨアヒム先生は、ブラームスさんの盟友で、彼の「ヴァイオリン・コンチェルト」さんの成立に大きく関わった方です。

 ドヴォルザーク様の「ヴァイオリン・コンチェルト」さんについても、そうです。

 ところが、理由は解りませんが、ヨアヒム様が、私を初演してくださらないままに、以前からシューマン先生はお心の病を得ておられましたが、1854年にはライン川に投身自殺を図りまして、助けられはしたものの、回復することなく、1856年に病院でお亡くなりになってしまい、一方ヨアヒム様も、1907年には、そのままお亡くなりになってしまわれたのです。

 それで、わたくしは、その後、この世の中から行方不明となりました。


 実は、プロイセンの国立図書館で、誰にも知られず、毎日しくしくと、泣いておりましたの。

 ところが、1933年に、ヴァイオリニストのダラニさまが行っていた降霊術の会に、なんとシューマン先生が降りてこられ、わたくしの「捜索」を依頼なさったと言うのでございます。

 当時の偉い演奏家の方々がわたくしの初演競争をしたり、ご遺族の方のご意思もあり、また「ナチス」さんの横やりがあったりで、もう大変でございましたが、とにもかくにも、わたくしは、1937年になって、ようやく初演されたのでございます。

 このあたりの詳細は、日本の立派な先生がお書きになったご本がございますので、そちらをお読みくださいませ。(参考☜)

 でも、ここでお伝えしたいのは、わたくしの世にもまれな、美しさなのでございます。

 第一楽章の第一主題は、シューマン先生のお心の具合が少し悪かったせいもありますのでしょうか、ほんとうに、「これでもか~!」というくらいに繰り返し繰り返し、演奏されます。

 でも、その後にお聞きになれます、第二主題のなんという美しさ!

 この世のものでは、もはやないとしか言いようのないほどの美しさなのでございます。

 シューマン先生のご友人でもあった、メンデルスゾーン様の有名なヴァイオリン協奏曲ホ短調(メンデ・・先生は13歳の時に、ニ短調のヴァイオリン協奏曲を書いていらっしゃいます。これも傑作です。)は、その均整の取れたすばらしいボディと、美しいメロディー、人が、この世に生きる時間・・・それは、あまりに短くはありますが・・・その生の喜びと憧れに満ち溢れた音楽。あまりにも有名でございますが(「メンコン」と日本の皆様は、呼んでおいでとか?)、確かにバランスの良さでは一歩を譲りますものの、この、「あたかも、この世のものではない美しさ」においては、わたくし決して引けは取りません。それは、第二楽章をお聞きになれば、おわかりでしょう。まるで、あの世に引きずり込まれるような、この甘い痛切な香り! これにおいて、わたくしを凌ぐ協奏曲はございません。第三楽章は、突然始まります。飛び跳ねるような、不可思議な快感に満ちたダンス! ソロとオーケストラの楽しい呼びかけあい。この世のしがらみから、いっぺんに解放されたような、シューマン先生の、「ああ、ぼくは、生きているんだ!」という、少し悲しい、喜びの音楽なのでございます。

 シューマン先生の『ピアノ協奏曲イ短調」さんは、わたくしの兄妹ではございますが、こちらは「メンコン」さんと、真正面から張り合える傑作なのですが、わたくしは、どうしても、同じ領域の音楽でありながら、少しだけ斜に構えております。

 どうかわたくしの生い立ちも、多少、考慮していただければと、思います。

 でも、日本の皆様。どうか、わたくしを、このわたくしを、聞いてやってください。お願い申し上げます。演奏家の皆様、もっと頻繁に、弾いてやってくださいませ。

 シベリウスさんの、「交響曲第六番」さまは、イギリスの批評家、セシル・グレイ様によって「シンデレラ交響曲」と呼ばれたとか。

 あまりにも美しいのに、誰も気に留めてくださらない、という事なのかと・・・

 わたくしは、さしずめ「シンデレラ協奏曲」でございます。

 どうか、カボチャでもいいので、馬車に乗せてやってくださいませ。


 では、音楽で、お目にかかりましょう。 アウフ・ビーダー・ゼーン!


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(参考)

 最近、この曲の初演時の録音がCDになりました。

  ロベルト・シューマン作曲

    「ヴァイオリン協奏曲ニ短調」

      ヴァイオリン:ゲオルグ・クーレンカンプ

      指揮    :カール・ベーム

      管弦楽   :ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

       PODIUM LEGENDA POL-1053)


『クラシック名曲初演&初録音辞典』・・・書籍

  何でこんなことまで!と、もう感激しきりになる、大変な名著。

      平林直哉氏著(大和書房2008)


追伸

 本当にこの音楽では、天国からの声が聞こえてきそうなのですが、天国じゃなくて地獄から(シューマン先生は第二楽章のテーマを悪魔から聞かされたと、終末前に言っていらっしゃったそうですが・・・)のなま声が目の前で繰り広げられているような恐るべき演奏が、パトリシア・コパチンスカヤさんのソロによる録音です。オケの音もおどろおどろしく響き、異次元の天才、コパチンスカヤさんのソロは、悪魔的にこの作品の恐ろしさを、徹底的に抉り出してゆくのです。それだけに第二楽章の異常な美しさがまた際立ちます。

 もっとも、コパチンスカヤさんの演奏の行き方そのものは、ベートーヴェンの録音の時と基本線は変わっていないようなのですが。

 またそこが、この超常的天才のすごいところです。

 ベートーヴェンはベートーヴェンとなり、シューマンはシューマンの世界になります。なんで、そんなことになるのか、やましんには見当もつきません。



 

 

 






 





 


 







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