第2話 グリコンだけがすべてじゃないわ
クリスチャン・シンディング作曲
「ピアノ協奏曲変二長調作品6」さんからのお手紙
『日本の皆様、コンニチハ。わたくしは、シンディング先生がお創りになった、「ピアノ協奏曲」です。日本の皆様には、ピアノの独奏曲「春のさざめき(ささやき)」が有名なのではと思います。
ところで、北欧地域の作曲家が創ったピアノ協奏曲の中で、一番有名なものは何でしょうか?
これはもう、ズバリ、エードワルド・グリーグさんが、まだお若いころに書いた「ピアノ協奏曲イ短調」と決まっております。
それも、もうダントツの一番です。
だって、グリーグさんの曲は、洋の東西すべてのピアノ協奏曲の中でも、最高の人気を誇っていらっしゃいますのですから。
玄人筋からは、「底が浅い」「内容が空疎だ」とかいう悪口もあるようではございますが、玄人さんのどんな目立てよりも、庶民の人気というものは、すさまじく強いものなのです。
確かに、グリーグさんのピアノ協奏曲は(今後「ぐりこん」と呼ばせていただきますが)、ドイツ流の、弁証法とか哲学とかからみれば、幼稚に見えるようなのです。でも、わたくしが申し上げるのも何なんですが、あの曲はその見方では本質が掴み切れないのでございます。
あの曲は、種が地に落ち、芽が出て、土から這い上がり、つぼみとなり、やがて花が咲き、実がなり、朽ちて落ちてゆく・・・というような、そういう自然な解釈の方がふさわしいのでございます。その点、日本の方には、とても向いている曲かと思いますの。
あら失礼、でも、今日は「ぐりこん」さんをお褒めするのが目的ではございません。
「ぐりこん」さんの北欧随一のピアノ協奏曲の座を揺るがすことは、今後とも難しいでしょう。
それは認めます。
認めたうえで、では、ナンバーツーの座につきましては、弱小ではございますが、わたくしが名乗り出ようと思っておりますの。
残念ながら、今は、一部の北欧音楽ファンの方以外には、あまり知られておりませんでしょう?
でも、どうかお聞きになってくださいまし。
「ぐりこん」さんの曲の冒頭は、もうそこだけでお聞きになる方のハートを射抜いてしまう、強烈なインパクトがございます。
それは、「グリコン」さんの強力なライバルである、ロベルト・シューマンさんのピアノ協奏曲もそうですし、ちょっとお国言葉満載の、チャイコフスキィさんの第一番の協奏曲とか、多分に実験音楽的な、フランツ・リストさんの第一番のピアノ協奏曲も、そうですわね。
この冒頭一音必勝パターンは、べートーヴェン先生の第五番のピアノ協奏曲が、もうそうでした。
でも、でも、皆さま!
そういう事ならば、わたくし「しんこん」・・・勝手に言ってごめんあそばせ・・・も、けっして引けは取りませんの。
オーケストラによる第一主題の提示後に始まる独奏ピアノの、強烈で印象的なパッセージなら、わたくしもまったく劣りませんのですから。
まあ、聞いてみてくださいませ。
もう、その冒頭十数秒で、あなたのお心は、わたくしのものよ。
その後に続く、二つ目の主題は、これがまたもっとすばらしく、また奥の深い情感を湛えておりますの。
このあたりの、たたずまいの素晴らしさは、「ぐりこん」さんでも及びません事よ。
そうして第一楽章の終結部でも、「いやあ、いいなあ!」とあなたはつぶやくことでしょう。
第二楽章と第三楽章は、第一楽章の主題が使われております。
これが、お聞きになる方の、「いい・悪い」のちょっとした分岐点になってしまうかもしれません。新しい旋律が次々と投入される「ぐりこん」さんとは、また曲の構造が違うのでございます。
でも、このすでに登場している旋律が、朗々と悠々と歌われる第二楽章は、全曲中の「白眉」でございますし、終楽章のフィナーレの盛り上がりは、もう、「ぐりこん」さんを凌いでおりますわ。ほほほほ・・・・・。
自信ありなのでございます・・第一、オーケストラの扱いが、わたくしの方がよほど上手なのですわ。あら、また少し、言い過ぎましたかしら。
そうそう、これは内緒のお話ですが、北欧には、ほかにも第二位の座を狙える曲がございます。まずスウェーデンの、ウイルヘルム・ステンハンマルさんの二曲のピアノ協奏曲でございます。ブラームスさんにお詳しかった方でもあり、ちょっとブラームスさんぽかったりするかもしれませんが、はっきり申し上げて傑作です。内容の濃さでは、わたくしちょっと負けるかもしれません。でも、音楽は見た目も大切。それならば断然負けませんわ。それから、ちょっと変わり種ではありますが、同じスウェーデンの、フランツ・ベルワルドさんの「ピアノ協奏曲」が、秘かに気になっております。人気にはならないでしょうけれど、第二楽章は日本の「七夕」を連想させ、宇宙を覗き込むような、ちょっとスクリャービンさんに通じるものもございまして、日本の皆様は、お気にいってくださるかもしれません。
そのほか、フィンランドの、たとえばウーノ・クラミさんの「ピアノ協奏曲第二番」なんていう曲も、とってもジミでピュアですが、なにかいいです。そうそう、ピアノじゃないけれど、クラミさんは「カレヴァラ組曲」が有名です。(特に第五曲の「サンポの鋳造」は、シベリウス風ではありますが、とってもおもしろい音楽ですよ。)またチェロ独奏の「チェレミス幻想曲作品19」は、なんともいえないその民謡風のたたずまいが、これまた日本にどこか通じるところもありまして、なかなかよろしいですよ。他に、フィンランドではとても有名人ですが、エイナル・エングルンドさんの「ピアノ協奏曲第一番」は、ちょっとバルトークさんぽいですが、フィンランド音楽史上の最高傑作ピアノ協奏曲との呼び声があります。
ちょっと、忘れていましたが、スウェーデンの「キング・オブ・アマチュア」と言いますか、公務員作曲家のクルト・アッテ(ル)ベリさんが、素晴らしいピアノ協奏曲を書いていらっしゃいますの。
第一楽章もいいですが、やはりこの曲の目玉は第二楽章でしょうね。
「なんか映画音楽のような」という声も聞こえてきそうですが、この第二楽章の中間部分は感動的です。
確かにストレートに「●●〇〇の世界一周旅行」とかのバックグラウンドミュージックのような印象も持たれるかもしれませんが、でもそのストレート感がこの方の持ち味でもあります。また吹奏楽方面のリーダーだった関係もあるのか、金管・木管楽器の活躍がなかなか華々しいことも特徴です。
終楽章の主題は、もうちょっと恥ずかしくなるような、なまのメロディーです。つまり余計な服は着ていないの。そうして、そのままで突っ走ります。でも、その後に、とてもデリケートな旋律が出てまいります。フィナーレは、素晴らしく輝かしいものです。感動しますよ。
この方は、「交響曲第六番」でアメリカのコンクールに優勝して、一万ドルの賞金を得たことから、この曲は「ドル交響曲」なんて呼ばれたりします。また指揮者のトスカニーニさん、という大物が録音を残していますの。すごいです。うらやましいこと。
他にも良い曲がいくつもあると思いますが、ともかく北欧地域は、実は音楽の玉手箱なのです。
「ピアノ協奏曲」の分野については、北欧作曲家二大御大の、シベリウスさんと、カール・ニルセンさんが、どちらもどうやら書いていらっしゃらない事は、仕方ないけど、ちょっと残念ではございますわね。
で、ございますので、どうかあまり、いえ、まったく世間の話題に上らない、こんな私ではございますが、ぜひお聞きになってみてくださいね。
音楽でお会いしましょう。さようなら。
かしこ』
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(参考)
クリスチャン・シンディング作曲
「ピアノ協奏曲変ニ長調作品6」
1 ピアノ:エヴァ・クナルダール
指揮: エイヴィン・フィエルスタード
管弦楽:オスロ・フィルハーモニック管弦楽団
ノルウェーNKF (CD-50016-2)
2 ピアノ:ピエール・レーン
指揮: アンドリュー・リットン
管弦楽:ベルゲン・フィルハーモニー管弦楽団
英hyperion (CDA67555)
ほかに、ピアノ独奏ローランド・ケラー。イエリク・フェーバー指揮、ベルリン交響楽団によるCDもあります。
☞ VOX BOX CDX 5068
一番録音が新しいのは{2}です。ぼくが個人的に大好きなのは、{1}の演奏です。
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3 ウーノ・クラミ作曲
「ウーノ・クラミの個展」
『序曲風に』『海の情景』『カレヴァラ組曲』『チェレミス幻想曲』
『ヴァイオリン協奏曲』
『ピアノ協奏曲第二番』
ピアノ:ユハニ・ラゲルスペッツ
指揮 :ユハニ・ラミンマキ
管弦楽:タピオラ シンフォニエッタ そのほか
FINLANDIA(WPCS-5764/5 国内盤)
4 エイナール・エングルンド作曲
『交響曲第2番』『交響曲第4番』
『ピアノ協奏曲第1番』
ピアノ:ニクラス・シベレフ
指揮: ヨルマ・パヌラ
管弦楽:トゥルク・フィルハーモニック
NAXOS(8.553758)
クルト・アッテベリ作曲
5 『 ピアノ協奏曲変ロ短調作品37』
『ヴァイオリン協奏曲ホ短調作品7』
ピアノ:ダン・フランクリン・スミス
指揮:B・T・アンデルソン
管弦楽:イェブレ交響楽団
STERLING(CDS-1034-2)
6 『ピアノ五重奏曲ハ長調作品31b』
『ピアノ協奏曲変ロ短調作品37』
ピアノ:丹 千尋
指揮: 渡辺 新
管弦楽:オーケストラ・ナデージダ
LIBRO(R-1150544)
7 フランツ・ベルワルド作曲
『交響曲第3番ハ長調』『交響曲第4番ホ長調』
『ピアノ協奏曲二長調』
ピアノ:ニコラス・シベレフ
指揮 :オッコ・カム
管弦楽:ヘルシンボリ交響楽団
NAXOS (8.553052)
8 ウイルヘルム・ステンハンマル作曲
「ピアノ協奏曲第一番」
「ピアノ協奏曲第二番」
ピアノ:セタ・タニエル
指 揮:アンドルー・マンゼ
管弦楽:ヘルシンボリ交響楽団
ハイペリオン(国内仕様)CDA 67750
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