第2話 Bureaucratic

 一通りの自己紹介を済ませたところで、俺と教授は研究所を後にした。教授の案内で大学内を見て回っていると、1人の男性がこちらへ歩いてきた。

「やあ。君が春川修だな。話は聞いている。俺は井上高志だ。よろしく頼む」

 鋭い目つきをした大男だ。俺も身長が高い方だと思うが、それよりもさらにデカい。

「井上高志って言えば、確か国会議員の」

 現職の議員が何でこんなところに?疑問に思っていると、

「高っちゃんはぁ、この大学の理事会のメンバーでもあるのです」

 と教授が軽い口調で答えた。

「その呼び方はよせ…。利香の言う通り俺は理事会の一員でもある。だから君をスカウトするための根回しも割と簡単だったよ」

 根回しか…。あんまりいい気分はしないが。

「根回しといっても、君をこの大学に迎えるのに異を唱える者は誰もいなかったさ。ただ、君はついこの間まで中学生だったろう?」

 そうだ。いくら「ギフテッド」でも中学生がいきなり研究員になれるはずがない。一体どんな裏技を?

「まず研究員になるには、最低でも大学を卒業している必要がある。しかし君は中学生だ。大学卒業まで何年もかかる。だから君はうちの大学の付属中学校に編入したことにして、飛び級制度を使って一気に大学まで卒業したことにしたんだ。数日したら中学、高校、大学の卒業証書が届くだろう」

「力技だねー。飛び級制度があるのうちの大学と付属校だけだもんね。流石元キャリア官僚はやることが違うね。」

 井上議員の肩を叩きながら教授は笑う。

「茶化すなって…。何かを成すには多少汚いこともしなければならない時が来るのだ。まあその辺りは文官の仕事だ。君たち研究者は好きなことに没頭していてくれ。さて、そろそろ俺は行かねば…」

 井上議員は時計に目をやった後、俺をじっと見つめ、

「フッ…期待しているぞ、修。ではまた会おう」


 そう言うと、俺と教授の元から離れていった。井上議員、なんか想像と違ったかも。

「あの人、初対面なのに気さくに話しかけてくれて、いい意味でイメージが変わりましたよ。もっとお堅い人かと思っていました」

「ンフフ…初対面…。初対面、ねえ」

 教授は何か含みのある笑い方をした。俺にはよくわからなかったけど。

「そういえば議員と教授って、知り合いなんですか?教授は彼のこと渾名で呼んでましたけど」

「そうだねー。割と長い付き合いになるかなー。学生時代の彼のこともよーく知ってるよ」

 やっぱりね。正直こんな教授があんな人と付き合いがあるなんてびっくりだけど。

「やっぱり学生時代から優秀だったんでしょうか?」

「うーん。確かに優秀だったよ。同世代の中じゃ頭一つ抜けてるくらいね。でもそれは『官僚的』優秀さって感じかなー。」

「官僚的」優秀さって何だ?

「あくまでトップには向いてない優秀さってこと。官僚は国の根幹に関わる仕事をしているけど、国を動かすピラミッドの中じゃトップじゃないでしょ?すごい権力や実力を持ってても、誰かの補佐の為にあるみたいな」

 うーん。そういうものなのかな。若手議員のリーダー的存在だし、誰かの下についたほうが実力発揮できるようなタイプってわけでもない気もするけど。

「しばらく一緒に過ごしていればわかってくるよ高っちゃんの本質が。結局『官僚的』優秀さからは抜け出せてないなーって。さっき言ってたみたいな根回しとか、そういうのは非常に得意だけどねー」

「そうは言っても彼とはそんなしょっちゅう会うようなこともない気がしますが。理事会のメンバーといえど、彼は現職の国会議員なわけですし」

 俺がそう言うと、教授はニヤリと笑った。

「いーや。彼とは嫌でも関わり合いが多くなると思うよー。」

 一体何を根拠に?

「私の計算だよ。さっき言ったでしょ、私の計算は外れたことないって。」


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