Love is selfish

@bunkou

第1話 Prolouge

 ―愛とは自己中心的、自分本位の感情であって、そこに他者への愛とか、無償の愛だとかそんな高尚なものは存在しない。全ては自分の為に。―



 何度目にしたかわからないその一節を口ずさみながら、俺は自室から食卓へと向かう。その一節が載っている本の作者は、こんな情報が溢れている現代社会でさえどこにも情報がない。そんなミステリアスさが興味をそそり、凡庸な書物だとは思うけれど、何度も読み返してしまう。いつか作者の正体を暴くのが俺の密かな夢である。

「おはよう。丁度朝ごはんが出来たところよ」

 母親の美由紀がキッチン越しに声をかける。友人からは若くて美人だとか羨ましがられるが、何歳なのか息子の自分でも把握していない。何度か本人に聞いたのだが、毎回はぐらかされて終わっている。まあ15歳の息子がいるのだから、それ相応の年齢なんだろう。

「ではいただきましょう」

「いただきます」

 2人で朝食をとる。この家庭には父親はいない。俺が生まれる前に死んでしまったそうだ。父親がいない分、母はありとあらゆるものを俺に与えた。「ギフテッド」と呼ばれてちやほやされるようになったのも、母が高い金を払って教育機関に通わせてくれたおかげに他ならない。例の本には愛は自分本位のもの、なんてあったけれど、母はあくまで俺の為に愛を注いでくれていると信じている。

「それにしてもあの早龍大学から直々のお誘いなんてすごいわね。流石自慢の息子だわ」

 母が心底嬉しそうに笑う。

「なんか色々急に事が進んで、正直頭が追いついてないよ」

「あら、『ギフテッド』の頭脳でそんなことなんてあるのかしら?」


 ―話は数日前まで遡る。

 数学オリンピック、物理オリンピック…世界では毎年、多くの種類の学力を問う大会が開かれている。幼少のころから教育機関で学力を磨いてきた俺は、それらの大会で賞を総なめしていた。今年ついに国際的な学力コンテスト全てで優勝を果たし、1週間前国から「ギフテッド」として認定された。「ギフテッド」制度はかなり長い歴史があるのだが、正式に認定されたのは俺を含めてまだ3人らしい。認定されるや否や、早龍大学から研究員として働かないか、と連絡があった。この大学は国内の私立大の中でもトップクラスであり、バラエティ豊かな人材を各業界に輩出している。とりわけ政治や科学の分野では国内のみならず海外からも一目置かれる存在である。確かに魅力的な誘いだったのだが、自分はまだ中学生であるし、まだ進路を確定させてしまうのもどうか、と思って断ろうと思った。しかし大学側の熱烈なオファーと、母からの強い勧めに根負けし、早龍大学の研究員となることに決めたのだった。


「それにしても、配属される研究室が着いてからのお楽しみって、不安しかないんだけど」

 今思うと配属先すら教えてくれない大学に勤めるを決めてしまったのは軽率だったかなと軽く後悔している。ブラックなところは嫌だなぁ。

「あんまり悪い噂は聞かないし、大丈夫だと思うわよ。修が立派な研究者になるの、応援してるから」

 母からのエールを受け、俺は心を入れ替える。

「深く考えても仕方ない。やるしかないか」


 早龍大学は自宅から電車で1駅という近さだ。これは非常にありがたい。大学の正門に行くと、職員と思われる男性が待っていた。

「春川修様ですね?お待ちしておりました」

 声からして電話で熱いオファーをしてきた人のようだ。

「さあ研究室へ案内します。こちらへどうぞ」

 彼につられるままに、大学へと足を踏み入れた。

「すみませんね。研究室の情報を何も教えませんで。実は配属先の教授の要望で今日まで秘密にしておけと」

 教授の要望?

「そこの研究室の教授、優秀なのですが非常に変わり者でして…。突拍子もない事をよく言い出すんです」

 何だか非常に不安になってきたぞ。

「無視したいのも山々ですが、その教授、大学の中でもかなりの権力者でして、気に入らなければ我々のような下っ端はすぐにクビが飛んでしまいます」

 彼は大きなため息を吐いた。変人かつ権力者か。一体どんな人なんだろうか。不安なのも事実だが、多少興味を引く部分もある。

「こちらが配属先の研究室になります。困ったことがあったら何でもおっしゃってください。では失礼します」

 そう言うと彼は足早に去っていった。この研究室、特に名前とかはないらしい。どんな研究をしているのか想像もつかない。おしっ、と気合いを入れ直し、研究室のドアを叩く。

「失礼します。今日から配属になりました春川です」

 室内から返事はない。誰もいないのだろうか。ドアを開けると様々な実験器具が雑多に置かれていて、とても研究室とは思えないほど混沌としている。

 実験器具を壊さないように慎重に室内を歩いていると、奥の方から声がかかった。

「待ってたよ春川修君。全て計算通りだ。」

 白衣を着た若い女性が、慣れた動作で実験器具の間をすり抜けて、俺の前まで

 やってきた。

「初めまして。春川修です。これからよろしくお願いします」

「どーも。私は四葉利香。この大学で教授をさせてもらってるよ。」

 教授としてはえらく若いような…。

「そりゃあ私、まだ25歳だからね。とは言っても君とは10歳も離れてるけどね」

 ありゃ、声に出てたかな。ちょっと失礼だったかも。それにしても25歳で教授なんて異例の出世だ。

「いーよいーよ。初対面の人は大体同じこと思うから。何を隠そう、私は君と同じ、2人目の『ギフテッド』だからね」

 驚いたな。まさか配属先の研究室の教授が、俺と同じ「ギフテッド」だったなんて。

「まあそんな称号になんてこれっぽっちも興味ないけどね。ささ。今日からここで研究員として働くわけだし、質問に何でも答えるよ」

「ここでは何を研究しているのですか?」

「特に決まってないよ。気分次第でテーマは変わるよ」

 ええっ。それってどうなんだ。

「研究ってそんな簡単にテーマ変えていいものなんですか?ある1つのテーマを長期間研究するのが普通だと思うんですけど」

 当然の疑問を投げかけると、四葉教授はけらけら笑いながら答える。

「そりゃあ研究が長期化するのは成果を得るのに試行錯誤を重ねるからその分時間がかかるってのもあるからね。もちろん長い時間が必須の場合もあるけど。けど私の場合それがないから。」

「どういう意味ですか?」

「失敗しないということだよ。私の計算が間違ったことなんて生まれてきて一度もないからね。成果なんて短期間でパパッと得られちゃう。あと単純に私の興味が持たない」

 とんでもない人のところに弟子入りしてしまった、と思った。はっきり言って同じ「ギフテッド」だとしても格が違いすぎる。

「まーまーそう落ち込まない落ち込まない。君には私を凌駕する才能があるよ。だからこそスカウトしたわけだしね。これからよろしくー」

 教授からの励ましの言葉を受け、一々へこたれていてはキリがない、と俺は考え直した。この世界で生きていくには、やがてはこの人を越えなければいけないのだ。

「そういえばこの研究室、他に研究員はいないんですか?」

 普通研究室には複数人研究者がいるはずだが。

「んー、私と君だけだね。」

 予想外の言葉が教授の口から出た。今までずっと1人でやってきたってことか。

「えっそれって大丈夫なんですか」

「人数が必要な大掛かりな研究は基本やらないってのもあるけど、私1人でも十分成果は得られるよ。私が君をスカウトしたのは研究員が欲しいわけじゃなく、君を修行させるため」

 俺をオファーしたのはそんな理由だったのかどうやら相当期待されているらしい。

「ここは国内でも有数の大学だし、もしかしたら君が求めるものにも近づけるかもね」

 俺の求めるもの…?もしかしてそれって、

「『愛とは自己中心的、自分本位の感情であって、そこに他者への愛とか、無償の愛だとかそんな高尚なものは存在しない。全ては自分の為に。』」

 俺の記憶に焼き付いて、心を掴んで離さないあのフレーズが、教授から発せられた。

「辿り着けるといいね。その『真実』に。まあ焦る必要はないさ。時間はたっぷりあるんだから」

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