深緑の不死者

馬井卦瑠

第1話 ゾンビウイルスについて

 ある時、人類は突如として現れた謎のウイルスによって猛威を振るわれた。そのウイルスは人体に侵入し、蝕む悪質極まりないものであった。それに脳を犯されると理性を保てなくなり、最後にはその人の体は形状維持できぬ程に腐敗し、崩れてしまう。このウイルスは『ゾンビウイルス』と呼ばれている。

 かつての人類はゾンビになった人々に対し、有効な攻撃手段を持たなかった。とにかくウイルスが広まることを恐れた人類は、ゾンビの現れた地域を隔離することにした。天高く聳える壁、天を覆う広大な天井が、その地域をゾンビと生存者ごと閉じ込めたのだ。そのような非道をした外界の人曰く『ゾンビウイルスは人を食い尽くし、エサがなくなれば、自然に死滅してくれる』と、必要な犠牲と合理化した。その地域の全てを生贄に、外界の人類はこの騒ぎを治めようとしていた。


 ゾンビの現れた地域が隔離されて1年程が経過した頃、人類の目論見通り地区内の生命はそのほとんどが活動を停止した。ゾンビも真に屍となり、騒ぎは沈静化したかと思われた。人々の関心が薄れ、内部の様子が観測されなくなって半年後、『彼ら』は再び動き出す。

 しかし、かつての『彼ら』ではない。実際問題ゾンビウイルスは食糧難により活動を停止していた。新たに食べ物を見出したわけでもない。人体を食い養分とする彼らでは、人類の全滅は自らの死滅に直結する。再び動き出した彼らは、自らを変革させていた。それこそが、『変異型ゾンビウイルス』。死滅の運命から脱出したゾンビウイルスである。

 この変異型ゾンビウイルスは人体を蝕み、養分を得ることはしない。このウイルスは腐敗した屍や死者の体に侵入し、破損箇所を復元し再利用する。細胞分裂を繰り返し、このウイルスは破損した人体を修復できる。見た目は完全に人間になる。ゆくゆくは破損していない部位とも同化し、100%変異型ゾンビウイルスで構成された変異型ゾンビが完成する。

 ここで問題とされるのは、彼らがどのようにして養分を得るかだろう。人体の修復も、生命維持にもエネルギーは必要だ。1つヒントを与えるとすれば、変異型ゾンビはかつてよりも肌が緑色に染まっていることが挙げられるだろう。その色にさせているのは、彼らの体には葉緑体があるからだ。ここまで言えばわかるだろうが、彼らは日中太陽の光を浴びることで養分を得ている。つまり、光合成。かつてのウイルスは動物性、対して変異型ウイルスは植物性。旧ウイルスが人類の破壊者ならば、新型ウイルスはその真逆に位置する存在であると言えよう。


 腐敗せずに活動するリビングデッド。ウイルスとしての老化はあるが、ゾンビとしての老化は有り得ない。そんな彼ら変異型ゾンビの、ちょっと変わった擬似人の営みが始まる。ここは隔離された地域。海に浮かぶ列島、かつて日本国と呼ばれたこの土地は今、ゾンビの支配する楽園である。

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